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『元気か? アザガミ』  俺の師匠というのは甚だ非常識な人で、早朝でも構わず電話を掛けてくる。  しかもこいつはスマホを使いたがらない男なので、俺は師匠との連絡専用の据え置き電話が手放せないのだ。 「ええ、俺は元気ですよ。そりゃあもう」  あくびを噛み殺して返事をした。ずれた眼鏡を指で押し上げる。  居間のテレビからは全国ニュースが流れている。N※※県で昨年あった連続通り魔殺人事件の犯人を被疑者死亡で書類送検だの、となりのS※※県での十三歳の少年行方不明事件だの、某政治家の汚職だの、どこどこの動物園でなんたらの赤ちゃんが生まれただの、世間はいつもの調子だ。 『俺は最近新しい楽しみができてな』  師匠は低く笑う。 「歳のくせにお盛んなことで」 『そっちじゃねえよ。んで、お前はどうだ』  俺の口の端が、抑えきれない衝動に持ち上がる。こんなんだから、俺はまだまだだと師匠に言われるのだ。 「俺も今、お楽しみの最中でして」 『ほお、そりゃよかった。だが慎重にやれよ』 「わかってるよ。まあ、お互い頑張りましょうぜ」  数分後には電話を切った。 「さて、と」  俺は伸びをすると、ゴミ出しに出る。今日は燃えるゴミだ。  ゴミ捨て場は近所だからいいだろうと、また適当な格好で出た。    こんな風に、今日も俺の一日は始まる。  ※ ※ ※  俺はゴミ出しから戻ると、台所で朝食の支度をする。  深皿にシリアルを盛り、ミルクを注ぐ。トレイに乗せて運び、家の玄関を出た。  石畳に沿って歩けば、離れの蔵に着く。  古びた南京錠を外して、蔵に入った。  階段で二階にのぼる。  窓は板を打ち付けられて、自然の光が差さない一室。俺は壁のスイッチを押して明かりを付けた。 「レイ、おはよう」  手作りの質素なベッドの上に、俺の捕らえた蝶は横たわっている。  目隠しとさるぐつわをして、赤い縄で後ろ手に縛られ、右の足首を縄で寝台と繋がれている。  俺が選んで着せた青い着流しはとても似合っていて、蔵の風景に馴染んでいた。  何度見ても可愛らしく、愛おしい。今まで何人も攫ってきたが、どのよりも優れているかもしれない。
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