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第三話:幼馴染の風景
「こら、須賀くん」
昼休み、食堂にでもいくか、と席を立ったおれは、またしても教室を出たところで、いつの間にか来ていた小柄な女子にいきなり叱られた。
「え、昼休みも来んの……?」
色々訊きたいことはあったが、まず出て来たのはその疑問。
「仕方ないじゃん、今日放課後はわたし、部活の仕事があるんだよう……」
小佐田はなぜか小声で言い訳をしてくる。いや、知らんけど……ていうか部活とかやってんのな。
「で……何?」
急がないと日替わり定食が無くなっちゃうんだが……。
そんなおれの気を知ってか知らずか、周りをキョロキョロと見渡してからコホン、と仕切り直すように咳払いをして、やっぱり小声でつぶやく。
「……こら、もう、須賀くんったらお弁当忘れてったでしょ? おばさんが怒ってたよ?」
「……はあ?」
いよいよやばい。まじで何言ってるかわかんない。
声を落としていて、かろうじて周りには聞かれていなかったらしいけど、勘弁してほしい。
「……これ、どうかな?」
上目遣いでこそっと聞いてくる。
「何が?」
おれもつられて小声で返す。
すると、一瞬困ったような顔をしてから、スマホを取り出し、何かを打ち込み、その画面を見せてくる。
メモ帳機能に、『お弁当を忘れた男子のお弁当を届ける』と打ち込まれていた。
これが今日の課題ってことかよ……。
「……で?」
「これ、おべんと……」
と、見も知らぬ弁当箱を胸のあたりに抱えていた。
「えっと……、せっかくだし、一緒にどうかな?」
小佐田に連れられて小佐田の部の部室とやらに移動した。
「ここ、写真部……?」
「そ、写真部」
小佐田はおれに席を勧めてくれる。礼を言ってそこに座り、3畳もない部屋をほけーっと見回していた。
写真部の部室は暗室になっていて、現像まで出来るらしく、かつそんな暗室のある高校は珍しいのだと入学案内の時に言われた気がする。
「写真部ってうちの学年にもいたんだな……」
「うちの学年にもっていうか、全校にわたししかいないんだけどね……」
小佐田はそうぼやいた。
「え、そうなの? それって、廃部の危機なんじゃ……?」
「そう! 少女マンガとか部活モノのマンガだとそうなの! わかってるね、須賀くん!」
満足そうな笑みを浮かべてうなずく小佐田。
「でも、実際は別にそんなことないんだよ。写真部、名物の部活だし、1人でも部員がいれば一応部としては存続出来るんだってさ」
「そんなもんか……」
「うん、わたしももっと『部員集めないと廃部になっちゃうんです! お願いします! 先生……写真が撮りたいです!』みたいな、そういうアツい展開を求めてたんだけどね」
あはは、と照れたように笑う。こいつの頭の中、妄想だらけだな……。
あきれていると、手元のお弁当箱の包みをしゅるしゅるとほどき、机の上に置く。
「はい、須賀くん!」
そう言ってお弁当箱を渡してくれた。
「お、おう。ありがたいんだけど、本当にもらっていいのか?」
「うん、もちろん! 今日は放課後、幼馴染出来ないから絶対昼にやりたいなって思って……」
「放課後出来ないなら中止にすればよくない……?」
ていうかなんならおれも今日用事ある体で帰ろうと思ってたしな……。
「ダメだよっ! 見たでしょ? 幼馴染ノートに書かれた課題の数! 毎日こなしてかないとっ!」
「あれ、まじでやるのか……」
先が思いやられまくる……。
「今日の放課後はね、月に一度の部長会っていうのがあるの。わたし、唯一の部員だからもちろん部長なんだよね。だから出ないと」
「部長会か……。考えるだけで大変そうだな……」
うげえ、と舌を出すと、小佐田は笑顔で否定する。
「ううん、そんなことないよっ! どの部の部長さんもすっごく素敵な先輩ばっかり! ロック部の部長さんは天使みたいに可愛いし、器楽部の部長さんは……んー、エモい!」
本心から出た言葉なのだろう、小佐田のこういう純真無垢な表情は単純に好感が持てる。持てるのだが。
「人にエモいとかあんの……? エロいの間違いじゃなくて?」
「あんのあんの! あ、でも、スタイルいいし、エロいっちゃエロいかも……。って、何言わせるのよっ!」
「いたっ!」
割と本気で肩を殴られた……。
「えへへ、幼馴染パンチだよー? っぽかったでしょ?」
「なんだよそれ……」
どこまで幼馴染を追いかければ気がすむんだ……。いや、たしかに暴力系幼馴染っているけどね?
「まーまー、お弁当わたしが作ったから食べてみてっ!」
それもそうだな。昼休みが終わってしまう。
「いただきます……!」
おれはそっと弁当箱を開ける。
すると、そこにはハンバーグ、唐揚げ、生姜焼き、メンチカツ……と茶色いおかずがぎっちりと詰め込まれていた。
「須賀くん、ハンバーグ好きでしょ?」
「……うん、まあ、嫌いではない」
特別好きというわけでもないけど……。
「え? あーっと……唐揚げ、大好物だよね?」
「おう、まあ、それなりに」
大好物というと語弊があるが……。
「じゃ、じゃあ、生姜焼きとメンチカツは……?」
「力つくよな」
「撃沈だぁ……」
なんだかうなだれて落ち込んでしまった。
「どうした?」
「ううん、わたしはね、『相手の好物は当然のように知っている幼馴染』がやりたかったの……」
「知らないんだから無理すんなよ……。ていうか、この弁当、おれの母親が作ったのを小佐田が持って来てくれたっていう設定なんじゃなかった?」
「それもそうだねっ!? はあ……ブレブレだあ……」
再度肩を落とす小佐田。
それはそうと……。
「なんだか落ち込んでいるところ悪いんだが、これ、お箸が入ってないっぽいんだけど、これも何かの演出なのか……?」
「ほぇ!?」
おれの言葉に小佐田が慌てたようにこちらの弁当箱を覗き込み、「あぁ……」と、頭を抱えた。
「単なるミス?」
「はい……」
しゅん、としてしまう。
作って来てもらったのにそんな顔をさせたら、悪い。
「気にしなくていいよ。売店で割り箸もらえるんじゃないかな」
と、席を立とうとすると、
「あのっ……!」
ズボンの裾をぎゅっとつかまれた。
「ん?」
「あーん……してあげよっか?」
「断る!」
それ、幼馴染とかでもないし!
そそくさと立って売店に向かう。
お箸を忘れるなんて、そんなに少ないケースでもないのだろう。驚くほどあっさりと割り箸をもらえて、写真部の部室に戻った。
「ただいまー……」
そうドアを開けて部室に入ると、
「んんー……」
すやすやと、壁にもたれかかって、小佐田が寝ていた。
疲れてるんだな、小佐田。
きっと、今朝はいつもよりも早起きして作ってくれたのだろう。
普段の小佐田がどれくらいドジなのか分からないが、今日はいつもよりミスが多かったみたいだし。
『今日は放課後、幼馴染出来ないから絶対昼にやりたいなって思って……』
何をモチベーションにそんなに幼馴染したいのは分からないが、そのために頑張ってくれていたらしい。
「……いただきます」
改めてそう言って、割り箸でハンバーグを一口食べた。
ハンバーグは本当は甘くなんてないはずなのに、なんだか甘く感じたのは、小佐田の気持ちや努力が込もっているからだろうか。
「……いやこれ、単純に塩と砂糖間違ってるな!?」
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