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プロローグ
「ねね、須賀くん!」
「どうした……?」
目の前にいるのは、小佐田菜摘。
夕方のホームルームを終えてさあ下校だと教室を出ようとしたおれのことを、ドアの近くで待ち伏せしていたらしい。
「わー、なっちゃん今日もちっこい……」「小佐田ちゃん可愛いなあ……」
おれの後ろを通り過ぎる男子がそんなぼやきを残して去っていく。
ショートカットにした栗色の髪。小柄な彼女は何かを期待するようにもともと大きな瞳を輝かせて、言い放った。
「あのさ、わたしたちって、幼馴染って言ってもおかしくないよね?」
「……はあ?」
相当に眉間にシワが寄っていたことだろう。
「いきなりなんだよ?」
問いかけるおれの袖をつまんで、ちょいちょいと引っ張って人気のない階段の踊り場まで連れてくる。
「あのね、最近、マンガを読んでるんだよ! 少女マンガ。『もう一度、恋した。』って名前の! 『もう恋』って言うんだけど……知らない?」
「……知らない」
現役で少年をやっているおれが少女漫画の名前など知るはずがないのだ。
「……そっか? それでね、そのマンガがもうものすっっっごいキュンキュンするんだけどね、その主人公の女の子と相手の男の子が幼馴染なの! 昔、仲の良かった幼馴染の男の子と転校で離れ離れになっちゃって、高校で再会したらすっごくイケメンになっててモテモテになっててね! 他校からもファンの女の子とかが来て毎日彼に告白するんだけどすごいツレない性格で全員フっててね! でも、主人公の女の子のことだけはさりげなく気にかけてて、でも素直じゃないからツンデレでもう超カッコいいの! あーキュンキュンする!」
「はあ……それで?」
ていうかなげえよ、あらすじ。よく分かんねえし。ちゃんとまとめてくれ。
おれの塩対応も気にせず小佐田はうっとりとした表情で続ける。
「それでわたし思ったんだよね。『ああ……幼馴染欲しいなあ……』って」
「はあ、そうですか……」
「それで、気付いたの! わたしには同じ高校に『幼馴染』がいるじゃんってことに!!」
そう言って、こちらを見上げる。
「それが、おれ……?」
おれが自分を指差してみると、
「そゆことっ!!」
と大輪の花火のようににこぱっと笑ってみせてきた。
なるほど……言いたいことはおおよそ分かった。
分かったが……。
「……おれたち、そういうんじゃなくない?」
そのおれの問いかけを、
「……やっぱそう?」
と、案外あっさりと小佐田は認めた。
おれと小佐田が出会ったのは幼稚園年少の時のこと。そのあと、小学2年生までは同じ学校だったが小2から小3への春休みに小佐田が引越して別の町に行き、中学校はもちろんそのまま別々。
そして、小佐田が転校してから7年後、高校入学の時にたまたま再会した、というだけの関係だ。
つまり、幼馴染といえど、幼稚園年少から小2までの物心もつかないような時期に同じところに通っていただけ。しかもその時にも大して仲が良かったわけでもない。
腐れ縁などと呼べるほど付き合いが長いわけでもなく、家が隣同士というわけでもなく、小さな頃に鍵と錠を交換してザクシャインラブと契りを交わしたわけでもない。もちろん、許嫁みたいな便利な設定もない。
本当にただただ、幼い頃に会ったことがあることがあるというだけ。
「現に、高校入学の時に二言三言挨拶してから今日まで半年間、一言も話してねえじゃんか」
もう季節は9月。もう少しで学園祭が始まろうかと言う時期である。
「だよねえー……たははー……」
頭をかきながらテヘヘしている小佐田。
「でもでも、幼馴染って響きが良いのは分かるでしょ!?」
「いや、別に……」
いや、正直言うと分からないではない。きょうだいと同じで、選ばれしものにしか与えられない存在、それが幼馴染なのだ。
だけど、それは別におれは……。
「分かるって顔してるねー! だから、さ、須賀くん。私と、幼馴染しよ?」
そう言って手を差し伸べてくる。
「お断りします」
おれはそこを立ち去ろうと、小佐田の横を通り、家路につこうとした。
すると、後ろから、
「してくれないなら、あのこと、言っちゃうよ!」
と無駄に切羽詰まった大声が追いかけて来た。
「……あのこと?」
そう言いながら振り返ると。
「須賀くんが小学校の時、授業中に……」「おい、やめろ!」
あの話はまずい!!
耳を熱くしながら口をふさぎに戻ると、ニヤリと悪い笑顔を浮かべてる。
「じゃあ、協力してくれるよね?」
「まじかよ……」
おれはがくりと肩を落としながらうなずく。
「……っていうか今の過去を知ってる感じ、幼馴染っぽくない?」
「そうですね……」
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