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「聡子、最近、キレイになった? 何かあったの?」
ここのところ行きつけになった美容院の店主兼スタイリストとして働く、高校時代の同級生、 賢治くんが私の頬に白くて形の整った指先を滑らせながら聞いてきた。
「ま、まあ、ね。私だって本気出せばこんなもんよ。最近はスキンケアにも気を付けてるんだから」
「本当、初めてこの店 来た時の聡子ってば お肌ボロボロで、どこのおばさんが来たのかと思ってた」
「ひっどーい! あの時は、残業続きで寝不足だったから――」
「それだけじゃ、あそこまでボロボロにはならないと思うけど?」
「うっ……」
思い当たる節があり過ぎて痛い。
あの頃の私は、3年間付き合っていた彼氏と別れたショックを引きずりまくり、現実逃避とばかりに仕事にのめり込み過ぎて、周りから見れば過労死寸前状態だったんじゃないかと思う。ずっと寿退社を夢見てたんだもの。
おかげで思わぬ昇進を手に入れ、徐々に心に余裕が出てきた私は、ある時、個人で経営している美容院に行こうと思い立ち、ふらり立ち寄ったお店がここ――Bellissimo だったのだ。
そこがたまたま同級生のお店だったとは、何たる偶然の――……嘘。
風の噂には聞いていたから。賢治くんがお店を出したって話。
賢治くんは昔から中性的なとこがあって、女友達と恋バナする時もなぜか一緒になって混じっていた。恐ろしいくらい何の違和感もなく。
そのせいなのか、私は賢治くんになら何でも話すことが出来たのだ。進路の悩みも家族の愚痴も、理想の彼氏像……なんかも。
賢治くんは当たり前のように私の横で、いつも穏やかな笑みを浮かべながら聞いていてくれた。
高校卒業後、賢治くんは美容師の専門学校、私は大学、それぞれ進学してからは殆ど会う機会はなかった。
親友のリサが賢治くんと同じ専門学校に通っていたので、時折 話題に上がる程度だった。
その時は、本当にそれくらい。
大学を卒業して一般企業のOLとなった私は、知り合いに頼まれて たまたま顔を出した異業種交流会で元カレと知り合った。その頃からリサとも疎遠になってしまったんだけど、今思えば、リサだって わざわざ賢治くんのことを話す必要がないって思ってたんだろうね。
あの頃の私、アホみたいに恋に生きてから。
でも、賢治くんがお店をオープンさせたってグループメール経由で知らせてくれたこと、リサにはすっごい感謝してる。
失恋して落ちるとこまで落ち込んでいた私には、賢治くんの名前がピカピカと眩しいくらい輝いて見えた。
同時に、心のどこかで救われたような気がしたのを覚えてる。ううん、救われたかったのかな。自分勝手なのは良く分かってるけど。
そうして今――懐かしいあの笑顔を見つめながら、私は賢治くんに髪を切ってもらっている。
「ねぇ聡子、最近は良く眠れてんの?」
「うん、お陰様で。仕事もお肌も順調そのものだし」
「それは何より。で、恋愛の方は?」
「え?」
「もうする気ないの?」
賢治くんの超度ストレートな問いかけに、一瞬にして、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
今、店内には賢治くんと私の二人だけ。こんな静かな空間の中で、心臓のドキドキが聞こえてしまったらどうしよう……
「こんなに綺麗になったんだから、もう1度、恋する気、ない?」
背後から迫る賢治くんの気配。息遣い。いつもの賢治くんとは違う落ち着いた声のトーンで、私の耳元に囁きかける。
(う、うわーーーー!)
私ってばバカ正直すぎ! ボワッと顔が噴火寸前――
「聡子って、昔から鈍いとこあったからね」
「な、何が?」
「どうして僕が、聞きたくもない聡子たちの恋バナに付き合ってたと思ってんの?」
「え――?」
不意に座っていた椅子がくるりと回転したかと思うと、賢治君の顔が私の顔に覆いかぶさって来た。
唇を通して伝わる、賢治君のやわらかな温もり……
「これ以上綺麗にならないで聡子、もう、我慢の限界だ」
「け、賢治くん……」
突然の出来事に次の言葉が出てこない私を見て
「あー、お客様に手を出すなんて、僕、サイテー。ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」
顔を赤らめながら、恥ずかしそうに店の奥に入って行く賢治くん。
私はドキドキを落ち着かせるように1回大きく深呼吸すると
「……あなたのためでしょ」
あなたと釣り合う女になりたかったから――
聞こえるか聞こえないかくらいの声で、私は賢治くんの背中に呟いた。
お わ り
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