前編

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前編

わたしは加賀谷千春(かがやちはる)、ただの女子高生だったのに異世界に召喚されてしまったかわいそうな女の子である。  いや、別に召喚されたのはかわいそうじゃないけどね。  問題はわたしの身体だ。  わたしの表面は焦げ茶色の皮で覆われていて、端っこの部分は金で装飾されているらしい。タイトルも金色で加賀谷千春と書かれていて、筆者の名前も加賀谷千春。うん、わたしの名前だけど、わたしが書いたわけじゃないよ。むしろわたし自身というか……えーい、はっきり言っちゃえ!  加賀谷千春、十六歳。異世界に召喚されたら何故か本になっていました。  ……なんで本なの。 「僕が思うに、やはりチハルさんの膨大な知識量が原因ではないかと。身体が変化してしまった際に無意識の内に本を想像してしまったのではないでしょうか」 「えー。それだとわたしが自分の意志でこの身体になることを選んだみたいじゃん。それはないと思うよー」 「無意識でしたらあり得ると思うのですが……まあ、はっきりとした理由がわからないうちは何を言っても推論にしかなりませんね」 「まあ、そうだねー」  わたしは竜の上で魔術士のセシル君とのんびり話していた。ファンタジーだよねえ。ただし、わたしは本なのでセシル君に抱えられている。  セシル君は金髪に菫色の瞳の線の細い美少年だ。歳はわたしより一つ下の十五歳。そのわりに落ち着いていて、すごく頼りになるけどね。  そんなセシル君に抱えられるのは最初はドキドキしたけど、もう慣れました。だって本だし。自分じゃ歩けないし。  諦めは肝心だよね。 「こっちの世界に喚ばれて、もう一週間かあ」  セシル君の腕に抱えられたまま、わたしは今までのことをぼんやりと思い出した。あれは、そう。わたしがパソコンでネットサーフィンをしていた時だった。  いきなりブラウザに文字が浮かび上がったのだ。 『たすけてください』  ホラーだよね! ほんと、あの時はびびったよ!!  お祓いすべきだろうか、神社でいいのかな、調べなきゃ、あっパソコン使えないよね、どうしよう!  そこまで考えたことは覚えてる。  次に気が付いた時はもうすでに本になっていて、見たことも聞いたことも無い場所にいた。四人の仲間となる相手とともに。 「おい、くっちゃべってないで準備しろ。そろそろだぞ」  いきなりつんけんとした態度で横やりを入れてきたのも、仲間の一人。剣士のガラクだ。わたしはたまに馬鹿ラクと呼んでいる。  背中に長剣を背負っていて、浅黒い肌に赤い髪。つり目がちな鳶色の瞳の青年だ。二十歳らしいけど、中身はわたしと同じくらいじゃないかな。黙っていれば精悍な感じのイケメンなのに、とにかく口が悪くてムカつくんだよね。  今もわたしは少し苛ついたけど、セシルはふわりと微笑んだ。 「ああ、確かに太陽が中天に差し掛かる頃合いですね。注意して頂いてありがとうございます。すみませんが、エルシュさん……」 「はいよ。準備するからチハルを預かってくれーだよね? オーケイ」  わたしが教えた言葉を使って頷いたのがエルシュ。明るい亜麻色の髪を少しだけ伸ばしていて、後ろで縛っている。目はちょっとたれ目がちで淡い緑色。見かけはちゃらいイケメンだけど、とても優しくて気配りの上手い人だ。歳は十八。ガラクより二つ下なんだけど、エルシュの方がよっぽど大人だと思う。 「エルシュ、ちょっとの間だけどよろしくねー」 「よろしくー 」  わたしとエルシュが仲良く喋っていると、ガラクが「けっ。毎回何をやってんだ」と呟くのが聞こえた。ふーんだ。仲良くて羨ましーんだろ。しかし、エルシュとの仲良しトークには入れてやんないぞ。お願いされたらあっさり頷くかもしれないけど! 「お、止まったな」  なんやかやと喋っているうちに竜は減速していたらしい。ぐらりと反動がきて停止したことをわたし達に知らせた。  わたしを片腕に抱えてエルシュはひらりと竜から飛び降りる。身軽さが忍者の域に達しているんじゃないかと思うが、エルシュはスナイパーだ。  わたし達五人はそれぞれ別の世界からこの世界に喚ばれた。  エルシュの世界はわたしの世界より文明が進んでいるらしく、SF映画でしか見たこと無いような銃を持っていた。でも、エネルギー残量を気にしてよっぽどの時しか使わない。いつもは趣味でやっていたという弓を使っている。 「よし。ウォード、いいぞ」  全員が降りてそれぞれ武器を準備したところでわたしはセシルの手に戻され、ガラクは竜に声をかけた。  竜、といってもその姿は翼のあるワイバーン系ではなく、地竜と呼ばれるタイプのものだ。  ゴツゴツとした岩のような巨体がガラクの言葉を聞いて淡く輝く。そして少しずつ伸縮を繰り返し、地面に蹲る大柄の青年へと変化した。  最後の仲間、竜に変化できる騎士のウォードさんだ。 「ふぅ……皆、変わりないか」  息を吐いて立ち上がったウォードさんは、黒髪に青い目の美形だ。イケメン、というより美形、のほうが似合う美貌の持ち主で、こんな人の背中に乗っていたのかーと思うとそれだけでドキドキしてしまう。それに……いい身体をしているのですよ!  細マッチョより、少しだけマッチョよりな身体。いいよね、筋肉って! ウォードさんによってわたしは筋肉の美に目覚めた。わたしは本であるからには勿論中にいろんな事が記されているのだけど、その中の《筋肉について》という項目は着実にページを増やしている。  わたしを持ってくれているお礼としてセシルには毎日三十分だけ中を読ませてあげているんだけど、この間、「とうとう筋肉の項が十ページを越えました……」と言っていた。十ページか……まだまだだよね。  ちなみに、ウォードさんの歳は最年長の二十三歳。ガラクもウォードさんを見習って落ち着きを持てばいいのに。 「なんだよ」  ちらり、と彼を見たら――どうも表表紙には目玉がついているらしい。なんか想像するとホラーだよね――不機嫌そうに睨まれた。べっつにー、と誤魔化して辺りを見回す。なだらかな丘陵で、見通しはきく。 「ここなら、魔獣が襲ってきてもすぐわかるな」  わたしと同じことを考えていたらしく、エルシュが呟いた。  魔獣。わたし達が喚ばれた原因である。とは言っても、別に魔獣を根絶せよーとか魔王を倒してこいーなんて無茶ぶりをされたわけではない。ただ、助けを求める書状を王様に渡してくれるように頼まれたのだ。  わたし達を喚んだのは、辺境にある遺跡の近くに住んでいる村人達だった。厳しい生活ながらも力を合わせて頑張っていた彼らだったけど、ある時から魔獣の数が激増してしまい、村を出て遺跡に籠もったらしい。  そこで遺跡の神様に祈ってみたら、わたし達が召喚されたらしいけど……皆、わたし達みたいな若い者(わたしは本だけど)がやってきたことに驚いていたし、心配もしてくれた。無理に行かなくてもいい、とさえ言ってくれたのだ。  上から目線でさっさと行け、とか言われたらきっと反発していたけど、皆本当に申し訳なさそうにしてたし、それに、見た感じだけど限界に近かった。ガリガリに痩せていて、子供も泣く元気もなくへたりこんでぼんやりしていた。それなのに、彼らはわたし達を心配して、行かなくていいという。  ……だから、わたし達は彼らの書状を王様に届ける役目を請け負って、こうして王都を目指しているのだ。なんとか、あの優しい人達を救いたくて。  それに、わたし達にだって理由はある。元の世界に戻るための条件が誰もわからなかったのだ。なら、やれることをやってみるしかない。  わたし達と彼らの利害は一致している。と、言ったのはウォードさんだった。 「村の皆、大丈夫かな……」 「わかんねーよ、そんなもん」  わたしが来た方角を見つめながら呟くと、ガラクが素っ気なく言った。  むっとするわたしを宥めれようにセシル君が微笑む。 「確かに、わかりませんね。僕達に出来ることは、一刻も早く王都にたどり着き、書状を渡すことだけ。今はそれだけを考えて頑張りましょう、チハルさん」 「……うん、そうだね」  セシル君に励まされてわたしは頷く……ように目を瞬いた。いい子だなあ、セシル君。  しかし、頑張りたいけど本のわたしに出来ることはない。セシル君に運ばれるだけである。 「私がもっと長く竜に変化していられたらいいんだが……」  そう言ってウォードさんは申し訳なさそうにするけど、そんなことはないですよ! 「そんな、ウォードさんのおかげですごく助かっていますよ! わたしなんて、セシル君に運ばれるだけですから!」 「確かにお前は役に立たないよな」 「うっさい、馬鹿ラクは黙ってて!」 「なんだと、燃やすぞ!?」 「まーまー、二人とも落ち着いて」  ウォードさんを慰めるつもりだったのにいつもの流れでガラクと言い争っていると、両手を上げたエルシュがわたし達を宥めた。 「こっちの世界は元の世界とは違うからね。ウォードが三時間しか竜になれないことも、チハルが本になっていることも、どっちも仕方ないことだよ。俺達だってそれぞれ出来なくなったことがあるし。だからその件については言いっこ無し。……そう決めたよね? ガラク」 「……悪かった」  エルシュに見つめられ、ガラクは気まずげに目を逸らしつつも謝った。セシルに促されて、わたしも渋々口を開く。 「わたしも、馬鹿って言ってごめん」 「おう」 「……私も、愚痴を言ってしまってすまなかった」  ウォードさんは謝る必要ないんじゃないかなーと思ったけど、なんだか丸く収まったから言わずにおいた。  わたしとガラクが喧嘩したり、ウォードさんが落ち込んだり、それをエルシュとセシルが宥めたり慰めたり。  そんなことを繰り返しながら、わたし達は旅をしている。
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