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目が覚めると、少し暑かった。
人と一緒に寝たんだからな……と思うが、でも、目の前に手があるのは変だろう。
よく見れば瀬川の手を、手首を、俺がしっかりと握っている。
どうやら俺は自分でこの体勢になったらしかった。
瀬川の腕を、ゆっくりと本人のほうへ戻した。彼は少し唸ったが、そのまま寝息を立てていた。
恋人役、なんて言ったが、俺は人と付き合ったことがない。
頭の中で、多くはない知識を寄せ集めてみる。恋人といえば……。
デート。手をつなぐ。プレゼント。ぐらいしか思い浮かばなかった。
性行為に関しては”どっちでもいい”のだとすると、俺は他の部分で恋人らしさを主張しないとならない。
(けっこう難しいな……)
すっかり目は覚めてしまった。
ベッドから抜け出し、シャワーを浴びて戻ってくる。
頭をタオルで拭きながら、まだ寝転がっている瀬川を眺めた。
整った顔だなぁと思う。容姿だけ見れば、瀬川は美佐央の横にいると絵としてちょうどいいというか、似合っている。釣り合っている、というほうが近いか。
美佐央の家の事は詳しく知らないけれど、プールサイドでの会話から想像するに、きっと名家で、裕福なんだろう。もちろんその美貌もあるけれど、優雅な身のこなしや、落ち着いた雰囲気。会って間もない俺でもそういうのはわかる。そのくせ、お高くとまっているわけでもない。表情だって豊かだ。交友が広いのも、一目置かれているのも頷けた。
俺だって、瀬川のことで先入観がなければ……良いやつだなって思ってた可能性はある。
瀬川がもう少し、堂々としていたらな。決断力があれば……。
たとえα同士だったとしても、こんな苦い結末にはならなかったんじゃないかって、思ってしまった。
アメリカの俳優で、α同士が結婚して上手くいっている例もある。日本じゃ相当少ないらしいけど、ないことはないらしい。
「はあ……」
俺は溜息をつきながら、ベッド脇に腰掛けた。
瀬川を見ていて、見習いたい部分もある。
美佐央に、果敢に思いを伝え続けた。α同士だからって、最初から諦めなかった。もともと幼馴染で親しい間柄だったのに、それが破壊されることをおそれずに行動した。
いずれも、俺が怖気づいて”出来なかったこと”だ。
瀬川を見る。まだ起きない。
シャワーで結構な物音がしていたはずだけど、起きないってことは……。
嫌なことがあったから、起きたくないのかな。
寝てストレスを解消するというのは、よくわかる。でもこのままだらだらやってたら、食堂がしまってしまう。だるくても、少しくらい朝飯は食べたほうがいい。
「瀬川、飯の時間なくなるぞ」
「……俺はいいよ。もう少し寝るから、行ってきて」
瀬川は掠れた声で、枕に頭を押し付けたままそう言った。
「わかった」
俺は膝をついて、ベッドに乗り上げた。そして掛け物のうえからそっと瀬川に覆いかぶさって、抱きしめた。肩のあたりに顔を当てる。
「えっ、なに?」
「何って……、恋人役」
「そうか、びっくりした……」
「恋人って、こんなことはしない?」
瀬川はやっぱり細い、そう思いながら、抱きつく角度を変える。
「えっ……。さあ、する人もいるだろうね。俺はまともに付き合ったことがないし……本当のところはよく知らなくて」
「そうなのかよ。他に……フラれた合間に、誰かと付き合ったりしなかったの?」
「そう器用にやれる人間じゃないんだよ」
瀬川は苦笑いしていた。
「なんだ、俺たち二人ともわかんないのか……。じゃあ、俺はいいと思うことをやるから、瀬川が嫌だったら言って」
「……うん」
俺は起き上がって、ようやくベッドから降りた。
食堂から戻ってくるとき、瀬川になにか買ってきてやろう。財布を取りに机の前へ立ったが、いつもの位置に見つからない。
枕元、床に落ちていないか確認する。
「どうしたの?」
「財布、俺どうしたっけ」
「皮の小銭入れなら、昨日の夜、パーティーに行く前は持ってたよ。ポケットに入れてた」
「それだ。談話室か、あのトイレにでも落としてきたのかな」
「たぶん、トイレではもうポケットになかったと思う」
「そっか……、うん。談話室に寄ってみる。フロントに届けられてるかもしれないから、そっちにも」
「小竹くん」
俺がドアに向かおうとすると、瀬川が言った。こっちを見ていた。
「何」
「さっきのもう一度やってほしい」
俺はすこし考えたあとベッド脇に戻って、また膝をついて乗り上げた。今度はいくらか雑に覆いかぶさる。ここのベッドカバーは、サラサラして気持ちがいい。
「ありがとう……。こんなふうに、無意味に、人と触れ合ったことがなかった」
「ふーん……。楽しいだろ」
俺が言うと、瀬川は笑った。
「楽しくはないけど、なんだかいいね」
彼の手が、俺の後頭部に触れ撫で始めたので、気まずくなって起き上がる。
「もう行く」
「うん、じゃあまたあとで。小竹くん」
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