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1 バッタン!  一度ひらいたドア。俺は全力でノブを引き、閉めた。風圧まで感じた。  後退し、大きく深呼吸をする。スーツケースの取っ手を持ち、廊下を数歩あるいてから立ち止まる。パーカーのポケットから折りたたんだ紙を取り出した。  さっき受付で渡されたばかりの、用紙。  案内に明記されている俺の部屋番号は、305。スマホを取り出してメールを確認したが、同じだった。俺は引き返し、ドアの右に打ち付けられた表札を確認する。 (俺の部屋……だよな)  部屋の中で見たものは、ベッド。  ふたりの人間が半裸で密着し、まるでひとつになって揺れていた。  寝転がっている人物の手が、覆いかぶさっているほうの背を撫でていた。掛け布団の膨らみで肝心の部分は見えなかったが、さすがに何が行われていたか、解った。  俺がドアの前で棒立ちになっていると、室内から微かに足音がする。  慌てて立ち去ろうとするも、スーツケースの車輪になにか挟まったのか、滑らかに動かない。もたもたしているうちに、ドアがあく。  男が一人出てくる。  男……、だと思う。俺より少し背が低く、髪はツヤツヤ。顎のあたりで綺麗に切りそろえられている。  彼は大きめのTシャツに、ぴったりしたジーンズだった。足が細い。  俺は道をゆずった。すると彼は、俺を見上げ上品に微笑み、声は出さず去っていった。  ふたたび深呼吸をする。  ノックをして反応がなかったため、さらにもう一度。返事はないが、しばらくするとドアが引かれた。  そこには、シャツを着た柔和そうな男がいた。俺に微笑みかけながら言う。 「はじめまして。瀬川です。ルームメイトの……」 「小竹です。初めまして」  彼から差し出された手。俺も手を出そうとして……、迷って、やめてしまった。 「気まずいところを見られたな」  そう言って男は爽やかに笑った。俺は答える。 「いきなり、あけてすみません。ルームメイトは明日来ると聞いてたから、鍵もかかっているし、部屋には誰もいないものだと」 「予定が早まって、さっきついたんだ。今夜の親睦会には出ておきたかったから、助かったよ。いちいち挨拶にまわるのは面倒だし。そう、それで荷物を入れるために、事前に鍵はもらっていたんだけど、受付にはまだ行ってないんだ。少し休憩したら行こうかと……」 ”休憩”  俺は言いたいことを呑み込んで、室内に踏み出した。  彼らが寝ていたベッドとは違うほう。窓際のベッド脇に、スーツケースを落ち着けた。薄手のパーカーをぬぐ。  彼がさっとハンガーを差し出してくれて、躊躇いながらも小さく礼を言って断った。汗をかいていたし、洗濯にまわすつもりだ。  俺はスーツケースを広げ、然るべき袋に服を入れた。  窓の外には青々とした緑が見える。この部屋は、広い庭に面しているみたいだった。  ベランダに出てみようとしたが、上手く鍵が回らない。すぐ横に男が来て、開けてくれた。外の生ぬるい空気が入り込んでくる。 「この部屋、とても眺めがいいよ。俺達は運が良かった」  部屋は選べないし、よっぽどの事情がない限り部屋替えもない。そもそもが、手入れの行き届いた建物だ。部屋にそう当たり外れはないとも聞いている。  ベランダ。おおよそ8畳ぐらいはあるだろう。おおぶりの庇が張り出しているので、雨でも平気そうだ。ウッドデッキには木製のテーブルと椅子が2脚。落下防止にと鉄製の蔦模様の柵がぐるりと回っている。  蝉の声もしたが、街中と違って分散しているためなのか、それほどうるさくは感じない。  手すりまで寄ってみると、眼下には噴水があった。すごくいい。見ているだけでも涼しい。 「夜はここで飲むのもいいんじゃないかな。いろいろ持ち寄ってさ」  男は俺の隣に並んで、そう微笑みかけた。  少し長めの、耳にかけられる程の長さの前髪が風になびいた。 「さっきのは、友達。ごめん、変なところを見せて」 「別にいいけど」  同室の相手と必ず結ばれなきゃならないわけじゃない。あくまで«推奨»されているだけ。そう理解していても、俺の高揚と期待は、一気に打ち砕かれてしまった。  ここは都内から新幹線で1時間の山奥。標高千メートルで夏の避暑地・別荘地としてよく知られていた。  そこには、意匠の凝った和洋折衷の建物がある。歴史あるホテルを有名建築家が改装したものだ。毎夏、ここは一般の予約客を断っている。  理由は、とある交流会に一ヶ月間使用されるため。年頃のαとΩ……一部βが集まる。  昨今のαは、ヒートを悪用した謀略に巻き込まれる前にと、早い段階でその番を見つけるのが主流だ。  αの比率の多い上流家庭ほど、その傾向があった。しかし番は、誰でもいいというわけじゃない。何よりも”身元がはっきりしていること”が最重要視されていた。  しかし、あまりにも目的だけを前面に押し出すと、反発もおこる。よって『同年代の交流会』という体裁を作り、夏休みを利用した一ヶ月の避暑としていた。  そこでたとえ相手が見つからなくても、友人が多くできればコネにもつながる。将来役立つこともあるだろうとされていた。  数年前からは効率化のため「遺伝子検査で身体の相性を測る機器」が導入されそれを基準に部屋割りがされるようになっていた。特に……αとΩに限っては、体の相性=精神の相性 になることがほとんど。そのため概ね好評であるらしかった。  俺は今日、自分の番になるかもしれないαに会えるのを、楽しみにしていた。
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