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10
俺は何度か話しかけられたが、瀬川の様子が気になってしまい席を動く気にはなれなかった。
瀬川の知り合いも何人かいたようだ。瀬川はそもそも会話を発展させる気がないのか、中途半端な態度を取り続け、するとみな早々に去っていった。
そうこうするうちに9時になる。部屋のすみにあるダーツボードを使えるようにと、椅子が移動された。主催である美佐央が、ダーツボードの前に出る。
その時。
家具の移動によってできた絨毯のシワ。
つまずいて転びそうになったところを、斜め後ろから、魚谷が抱きかかえた。
ありがとう、と魚谷を見る美佐央。
魚谷は変わらずムスッとした顔だったが、そのまま美佐央にキスをした。そっと触れるようなものだったけど、唇に。
とたん、周りから冷やかしの声が上がり、美佐央は照れ笑いをした。そして魚谷の髪を撫で、頬にキスを返して、再度歓声と拍手がわく。ようやく進行に戻った。
俺は愕然としていた。
目の端でちらりと瀬川をみる。その視線はまっすぐ、人の輪の中央へ……美佐央へとむかっている。
俺はすぐ脇にあったテーブルにグラスを置いて、言う。
「俺、飲みすぎた。気持ち悪い」
「え?」
瀬川はすぐに俺を見た。
会話のやりとりもまどろっこしくなってしまい、俺は瀬川の手を掴み、強引に部屋から引っ張り出した。
「小竹くん、大丈夫? 酒、強いほうだって言って……」
「いいから」
困惑している様子の瀬川の手を、俺は離さなかった。細くて、……骨ばかりが分かるような手だった。
談話室のざわめきがほとんど聞こえなくなった頃、化粧室、の表示を見つけたのでそこへ引っ張り込んだ。洗面所とトイレが一体になっている。トイレと言うより、小さな部屋みたいなところだ。俺は鍵をしめて、ようやく瀬川を離した。そして言った。
「おまえ! いいのかよ、あんなの見て!」
正面切って、強い声をだした。
「あんなの、って……。いいよ、美佐央ちゃんがそう決めたんだから。……同室の彼はΩだって言うし、理想的な相手なんだろう」
「なんなんだよ、腹立つ」
「……何を怒ってるの」
「瀬川の、その態度だよ! 美佐央のことは全肯定する、そのくせ、かわいそうな俺ってふりする! 自業自得だろ! そうやってなんにも反論しないから、ナメられて!オナ禁だってさせられんだよ!なんで従ってんだよ!好きだから? あいつ、おまえのこと”事なかれ主義”って言ってたぞ」
「小竹くん」
「美佐央は、ものをはっきりいうタイプが好き、とも言ってた。そういうことだろ。おまえがあいつのご機嫌取りしたって、なんにも残らない。ただの暇つぶしに使われてるだけなんだよ! あげくのはてに美佐央は、本命の彼氏見つけて」
ついに、瀬川は眉を顰めた。
「……そんなに俺に腹が立つなら、放っといて。余計なお世話だ」
さすがに不機嫌そうな声が飛んできたが、しかし、そのときにはもう、俺は瀬川の表情を確認することができなかった。視界がぼやけている。堰を切ったように、涙がわいてくる。
「え、……なんで君が泣いて」
「先に戻る」
俺は瀬川に背をむけ、ドアの施錠を外そうとした。しかしすぐに引き止められ、瀬川がドアと俺のあいだ身を入れてくる。
「小竹くん、落ち着いて」
この期に及んでまだ冷静でいようとする瀬川に、心底腹がたった。
「慣れるなよ! こんなこと……! こんなクソみたいなこと! おまえを大切にしないやつのこと、好きで居続けるなんて……、もうっ、やめろ」
「ご……ごめん、どうしたの。泣かないで……」
瀬川は肩を撫でてくる。
「ふざけるな……」
「俺は大丈夫だから」
「大丈夫じゃないだろうが!」
「大丈夫だよ、俺がそう感じてるんだから」
「落ち込んでただろ」
「多少は、あるかもしれないけど」
「俺……っ、すきな人に……。優しくしてもらったことばっかだった……。だから……瀬川を見てるのが、すごく……つらい」
「同情してくれるんだ……。でも俺と君とじゃ、事情が全然違うから」
単調な乾いた声に、俺はいよいよ限界が来た。
瀬川の二の腕を掴んだ。そのまま引き寄せ抱きしめる。身体は、こわばっていた。
「な、なに……?」
俺は、瀬川の肩に額をつけ、目を閉じた。しばらくじっとしていると、ようやく涙が収まってくる。
「小竹くん」
耳元で聴こえた声。顔を上げると至近距離で目が合う。
きれいな顔だな、とはじめて思った。唇をくっつけたくなる。近づけて、でも躊躇した。その時点で瀬川の頬は赤くなっていた。色白だから余計にわかる。
「俺、恋人役やる」
「え? ……その話はなかったことに」
「やる。別に美佐央への当てつけじゃない」
「だったら」
「せっかく同室になったんだし……、交流を深めてみるのも、いいと思う」
「ごっこ遊びってこと?」
「ごっこだけど、俺は真剣にやる。遊びじゃないし、ちゃんと好きになったら、お前に告白する」
「へ……」
「瀬川は……、俺に、全く興味ないのか」
「えっ? いや、もちろん興味はあるよ。元気だし、可愛いと思ってるよ。でも君は……、熊みたいな男が好みなんだろ? 俺は胸毛もないし……というか、この通り痩せ型で」
思いきって唇を重ねた。瀬川は再び赤くなった。何か、オレンジの皮みたいな、苦い味がした。気になって、もう一度した。瀬川の唇はやわらかい。優しい声がでるわけだ、と思った。
「ん……」
3回目のキスをする頃、瀬川の手が俺の腰にまわった。ゆっくり擦られ、抱き寄せられて、腰が密着した。
急にズクン、と身体の芯から揺さぶるような衝動が湧く。ヒートに近い……、でも別の感覚だった。
(なんだこれ……)
俺の身体はすっかり火照っていた。相性って、こういうことなのか。キスを繰り返していると、気持ちよくてぼんやりしてきて、それなのに、下半身はうずきはじめた。俺は感じたことのないムズムズした感触に耐えられなくなって、自分で腹や胸板を撫でた。
(うっ)
指が乳首にふれると、そこが違和感の出処だと気づいた。試しにそこをいじってみる。湧いてくる甘い疼きに、声をもらしてしまった。
「あ……ぅ」
「小竹くん」
その声で我に返る。
「そこ、好きなの? 自分でいじって」
俺は自分のしていた行為が恥ずかしくなって、俯いた。
「あんまり……感じたことなくて、こういうとこ」
「触るね」
「え、う……うん……」
よくわからないままに了承した。瀬川の手は、Tシャツのうえから俺の胸をさする。乳首と言うより、胸全体だった。シャツの綿生地が時々乳首にこすれる。
(やばい……これ……)
俺は息を飲んだ。感触に耐えていると、やがてTシャツの裾から手が入ってくる。
「あ……」
瀬川の指。肌の表面を軽くなぞるように滑っていく。それだけでも気持ちがいい。指先はそっと、触れるか触れないかぐらいで、そこをくすぐるような動きをした。たったそれだけで、腰の方まで、一気に刺激が駆け抜けた。
「あ、あっ……!」
俺は自分のだした声に驚く。思わず口を、瀬川の肩に押し付けた。
「大丈夫?」
瀬川の声は落ち着き、からかいを含んでいるように思えた。つい表情を確認すると、俺が想像したのとは違う、柔らかい笑顔。びっくりして、目を逸らした。
「うん、大丈夫……」
キスしながら、ずいぶん長い間そこをいじられていた。細長い指の先で転がしたり、摘んでみたり、ただ指が触れているだけのときもあった。それでも、瀬川にそんなとこを弄られて気持ちよくなっていると思うと、すごくエロい気分になってしまって、俺はずっと感じていた。声は我慢した。
もう、雄はずっと勃起してるし先っぽも濡れてる。それだけじゃなくて……、奥のほうも疼いていた。まだ触られてもいないのに、何かを求めている感じがして落ち着かなかった。
瀬川との何回目かの、長いキス。もう少し、唇を合わせていたかった気がした。
「小竹くん」
「ん……、なに……」
「可愛い」
「……そうか、よかった」
「うん……、ありがとう」
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