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俺は何度か話しかけられたが、瀬川の様子が気になってしまい席を動く気にはなれなかった。  瀬川の知り合いも何人かいたようだ。瀬川はそもそも会話を発展させる気がないのか、中途半端な態度を取り続け、するとみな早々に去っていった。  そうこうするうちに9時になる。部屋のすみにあるダーツボードを使えるようにと、椅子が移動された。主催である美佐央が、ダーツボードの前に出る。  その時。  家具の移動によってできた絨毯のシワ。  つまずいて転びそうになったところを、斜め後ろから、魚谷が抱きかかえた。  ありがとう、と魚谷を見る美佐央。  魚谷は変わらずムスッとした顔だったが、そのまま美佐央にキスをした。そっと触れるようなものだったけど、唇に。  とたん、周りから冷やかしの声が上がり、美佐央は照れ笑いをした。そして魚谷の髪を撫で、頬にキスを返して、再度歓声と拍手がわく。ようやく進行に戻った。  俺は愕然としていた。  目の端でちらりと瀬川をみる。その視線はまっすぐ、人の輪の中央へ……美佐央へとむかっている。  俺はすぐ脇にあったテーブルにグラスを置いて、言う。 「俺、飲みすぎた。気持ち悪い」 「え?」  瀬川はすぐに俺を見た。  会話のやりとりもまどろっこしくなってしまい、俺は瀬川の手を掴み、強引に部屋から引っ張り出した。 「小竹くん、大丈夫? 酒、強いほうだって言って……」 「いいから」  困惑している様子の瀬川の手を、俺は離さなかった。細くて、……骨ばかりが分かるような手だった。  談話室のざわめきがほとんど聞こえなくなった頃、化粧室、の表示を見つけたのでそこへ引っ張り込んだ。洗面所とトイレが一体になっている。トイレと言うより、小さな部屋みたいなところだ。俺は鍵をしめて、ようやく瀬川を離した。そして言った。 「おまえ! いいのかよ、あんなの見て!」  正面切って、強い声をだした。 「あんなの、って……。いいよ、美佐央ちゃんがそう決めたんだから。……同室の彼はΩだって言うし、理想的な相手なんだろう」 「なんなんだよ、腹立つ」 「……何を怒ってるの」 「瀬川の、その態度だよ! 美佐央のことは全肯定する、そのくせ、かわいそうな俺ってふりする! 自業自得だろ! そうやってなんにも反論しないから、ナメられて!オナ禁だってさせられんだよ!なんで従ってんだよ!好きだから? あいつ、おまえのこと”事なかれ主義”って言ってたぞ」 「小竹くん」 「美佐央は、ものをはっきりいうタイプが好き、とも言ってた。そういうことだろ。おまえがあいつのご機嫌取りしたって、なんにも残らない。ただの暇つぶしに使われてるだけなんだよ! あげくのはてに美佐央は、本命の彼氏見つけて」  ついに、瀬川は眉を顰めた。 「……そんなに俺に腹が立つなら、放っといて。余計なお世話だ」  さすがに不機嫌そうな声が飛んできたが、しかし、そのときにはもう、俺は瀬川の表情を確認することができなかった。視界がぼやけている。堰を切ったように、涙がわいてくる。 「え、……なんで君が泣いて」 「先に戻る」  俺は瀬川に背をむけ、ドアの施錠を外そうとした。しかしすぐに引き止められ、瀬川がドアと俺のあいだ身を入れてくる。 「小竹くん、落ち着いて」  この期に及んでまだ冷静でいようとする瀬川に、心底腹がたった。 「慣れるなよ! こんなこと……! こんなクソみたいなこと! おまえを大切にしないやつのこと、好きで居続けるなんて……、もうっ、やめろ」 「ご……ごめん、どうしたの。泣かないで……」  瀬川は肩を撫でてくる。 「ふざけるな……」 「俺は大丈夫だから」 「大丈夫じゃないだろうが!」 「大丈夫だよ、俺がそう感じてるんだから」 「落ち込んでただろ」 「多少は、あるかもしれないけど」 「俺……っ、すきな人に……。優しくしてもらったことばっかだった……。だから……瀬川を見てるのが、すごく……つらい」 「同情してくれるんだ……。でも俺と君とじゃ、事情が全然違うから」  単調な乾いた声に、俺はいよいよ限界が来た。  瀬川の二の腕を掴んだ。そのまま引き寄せ抱きしめる。身体は、こわばっていた。 「な、なに……?」  俺は、瀬川の肩に額をつけ、目を閉じた。しばらくじっとしていると、ようやく涙が収まってくる。 「小竹くん」  耳元で聴こえた声。顔を上げると至近距離で目が合う。  きれいな顔だな、とはじめて思った。唇をくっつけたくなる。近づけて、でも躊躇した。その時点で瀬川の頬は赤くなっていた。色白だから余計にわかる。 「俺、恋人役やる」 「え? ……その話はなかったことに」 「やる。別に美佐央への当てつけじゃない」 「だったら」 「せっかく同室になったんだし……、交流を深めてみるのも、いいと思う」 「ごっこ遊びってこと?」 「ごっこだけど、俺は真剣にやる。遊びじゃないし、ちゃんと好きになったら、お前に告白する」 「へ……」 「瀬川は……、俺に、全く興味ないのか」 「えっ? いや、もちろん興味はあるよ。元気だし、可愛いと思ってるよ。でも君は……、熊みたいな男が好みなんだろ? 俺は胸毛もないし……というか、この通り痩せ型で」  思いきって唇を重ねた。瀬川は再び赤くなった。何か、オレンジの皮みたいな、苦い味がした。気になって、もう一度した。瀬川の唇はやわらかい。優しい声がでるわけだ、と思った。 「ん……」  3回目のキスをする頃、瀬川の手が俺の腰にまわった。ゆっくり擦られ、抱き寄せられて、腰が密着した。  急にズクン、と身体の芯から揺さぶるような衝動が湧く。ヒートに近い……、でも別の感覚だった。 (なんだこれ……)  俺の身体はすっかり火照っていた。相性って、こういうことなのか。キスを繰り返していると、気持ちよくてぼんやりしてきて、それなのに、下半身はうずきはじめた。俺は感じたことのないムズムズした感触に耐えられなくなって、自分で腹や胸板を撫でた。 (うっ)  指が乳首にふれると、そこが違和感の出処だと気づいた。試しにそこをいじってみる。湧いてくる甘い疼きに、声をもらしてしまった。 「あ……ぅ」 「小竹くん」  その声で我に返る。 「そこ、好きなの? 自分でいじって」  俺は自分のしていた行為が恥ずかしくなって、俯いた。 「あんまり……感じたことなくて、こういうとこ」 「触るね」 「え、う……うん……」  よくわからないままに了承した。瀬川の手は、Tシャツのうえから俺の胸をさする。乳首と言うより、胸全体だった。シャツの綿生地が時々乳首にこすれる。 (やばい……これ……)  俺は息を飲んだ。感触に耐えていると、やがてTシャツの裾から手が入ってくる。 「あ……」  瀬川の指。肌の表面を軽くなぞるように滑っていく。それだけでも気持ちがいい。指先はそっと、触れるか触れないかぐらいで、そこをくすぐるような動きをした。たったそれだけで、腰の方まで、一気に刺激が駆け抜けた。 「あ、あっ……!」  俺は自分のだした声に驚く。思わず口を、瀬川の肩に押し付けた。 「大丈夫?」  瀬川の声は落ち着き、からかいを含んでいるように思えた。つい表情を確認すると、俺が想像したのとは違う、柔らかい笑顔。びっくりして、目を逸らした。 「うん、大丈夫……」  キスしながら、ずいぶん長い間そこをいじられていた。細長い指の先で転がしたり、摘んでみたり、ただ指が触れているだけのときもあった。それでも、瀬川にそんなとこを弄られて気持ちよくなっていると思うと、すごくエロい気分になってしまって、俺はずっと感じていた。声は我慢した。  もう、雄はずっと勃起してるし先っぽも濡れてる。それだけじゃなくて……、奥のほうも疼いていた。まだ触られてもいないのに、何かを求めている感じがして落ち着かなかった。  瀬川との何回目かの、長いキス。もう少し、唇を合わせていたかった気がした。 「小竹くん」 「ん……、なに……」 「可愛い」 「……そうか、よかった」 「うん……、ありがとう」
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