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 もしかして、ここでやってしまうんだろうか。トイレで……?   きれいな場所だけど、それはあんまりな気がして……、でも部屋まで我慢できるとも思えない。  どうすればいいのか迷い、俺は再び瀬川に、寄り掛かるようにして抱きついた。そしてあることに気づいてしまった。  キスや……身体を触られることに夢中になって意識もしなかったが、瀬川の股間にはなんの膨らみもない。 (あっ……)  すっかり、瀬川もそういう気持ちなんだと思っていた。照れているような反応だったけど……困惑していただけの可能性もある。  会場から連れ出しここまで引っ張ってきたのは俺。恋人役をやると言ったのも俺。瀬川からなんの同意も得ていない。キスしたのも俺から強引に。  急に頭だけが我に返った。しかし、火照った身体がうずいてどしようもない。俺はためらいながら、ぎこちなく……、身体を離した。瀬川に触れたいという衝動が、すぐに湧いた。 「……で、瀬川。どうするんだよ、恋人役」 「それって、こういう性的なものも込みでってこと?」 「それは……、瀬川が決めて」 「っていわれても……」  瀬川は曖昧に笑った。そして言った。 「……心配してくれるのは、ありがたいよ。でも同情から始まるのって、あんまりよくない気がするから」 「俺のは……、別に同情じゃ」  自分の身に置き換えたら、瀬川の境遇はすごく辛いと思った。耐えられないと思った。だから力になりたい、手を貸したいと思った。でもそれって同情なのか? 確かに瀬川は可哀想だけど、俺は……。  考え込んでいると瀬川が身じろぎし、その手が俺の太ももを触った。内側、足の付け根。  瀬川は慣れた手付きで、俺のハーフパンツのチャックを下げた。弄られパンツに手を突っ込まれるまで、あっという間だった。俺は固まっていた。 「今だけにしよう」  瀬川はそう言って、俺の竿をゆるく握り、扱き始めた。  俺が達してしまうと、瀬川はトイレットペーパーで後処理をする。俺は何も言えなかった。瀬川は何事もなかったみたいな顔で、じゃあ行こうか、と言ってドアノブに手をかける。ああやっぱり。瀬川のほうは興奮していなかったんだと確信して、俺はなんだか納得がいかない。  俺と瀬川が、検査での相性を元に同室になったのなら……、もう少しなにかあってもいいと思う。  やっぱり”美佐央”なのか。  彼が、展示されている宝石だとしたら、俺は発掘されたばかりの……まだ泥のついた丸っこい石かもしれない。  でも俺だって告白されたことはあるし……、魅力がないとは、自分では思ってない。  だけど美佐央と比べたら、見劣りするのはわかる。  思春期の頃からあんなきれいな男を、理想の相手として眺めてきた瀬川からすれば、俺は心動かされるような人間じゃないんだろうと、思った。 『同情』なんて瀬川は言ったが、瀬川が俺のキスに応えて、身体を触ったことがむしろ『同情』なんじゃないかと思った。  ふたりで部屋に戻って、寝支度を整え電気を消そうかという頃、瀬川が言う。 「小竹くん。一緒に寝ない?」  俺はベッドへ上がり横になろうとしていた。 「何」 「ええと……、一緒に寝ない?」 「なんで」 「そういう気分」  俺は少し考えたのち、瀬川の提案にのることにした。美佐央のあんな場面をみたばかりだ。瀬川は強がりを言っても、実際は気の弱いやつだと分かっている。  なんにせよ心中は複雑だろう。フラれたばかりで人恋しいのかもしれない。または俺と接して、気を紛らわせたいのかも。  それに俺はさっき抜いてもらった借りがある。今思えば、いろいろキツイことも言った。  瀬川が俺に対して情欲を持たないんだとわかると、むしろ割り切りが出来て、気は楽になった気がする。  俺は枕を持ってベッドを移動し、瀬川の隣におさまる。やや気恥ずかしくて、すぐに電気を消した。横になって言う。 「おやすみ」  暗がりの中で、瀬川が俺になにか言おうとする気配がした。待っていられなくて、俺から口をひらく。 「瀬川」 「何?」 「俺、おまえを見てると、どうしても自分と重ねる。失恋したばっかりで、悔しくて……呆然としてたころの自分。それで……放っておけないんだ。それは、確かに同情かもしれない。でもこんなにおまえのそばにいて、様子を知ってて……それで黙って見てるようじゃ、そっちのほうがタチの悪い同情だと俺は思う」 「小竹くん……」 「おまえに元気になってもらいたいとか、思ってない。すぐに気持ちを切り替えられないのもわかる。瀬川が、余計な世話だって言うなら、俺はもう美佐央との事には干渉しない。俺だって暇じゃないしな」 「うん」 「そういう事だから」  瀬川からは特に返答がない。なにか言えよと思いながら、俺は目を閉じる。うとうとし始めた頃、瀬川が言った。 「ねえ、恋人役の話……、やっぱりやろうか」 「は……、なんで」 「君も言ってたけど……、せっかく同室なんだし、これもなにかの縁だろう。俺は君の理想の男じゃないし、俺だって、美佐央ちゃんとのことがあったばかりで……、そんな気持ちになれるかわからないけど。でも、君のことは結構好きなんだ」 「同情から始めるのは良くないんだろ? 俺、思いっきり瀬川を哀れんでるけど」 「哀れんでるけど……、君はこうやって……、理由も言わないのに俺と一緒に寝てくれるし、同情とは、少し違うのかもと思った」  俺の気持ちがちゃんと伝わっていたことに、ほっとした。 「それにΩの友達は居たことがないんだ。だから好奇心もある」 「……そうなのか。交友関係、広そうなのにな」 「みんなすぐ俺を好きになっちゃうから、友達ではいられなかった」  俺は溜息をついた。 「じゃー……友達役のほうがいいか」 「いいよ恋人役で。”役”だからそれを演じているうちは本質的には友達だろ」 「瀬川……俺は真剣にやるって言った。瀬川を好きになったら告白するって。現に、俺はもう瀬川を放っておけないんだから、好きになる可能性だって充分ある。だいぶ先のことかもしれないけど」 「熊系じゃなくても?」 「……俺は、片想いの人がそういう容姿だったってだけだ。今後は変わるかもしれないし」 「そうなんだ」  瀬川が背後で微かに笑った。 「大丈夫。小竹くんはたぶん……俺を恋愛感情では好きにならないよ」 「なんで」 「だから、そういう軽い遊びだと思ってくれればいい」 「なんで? 理由は?」 「俺は、だらしない男だから。小竹くんに嫌われるタイプだと思う」 「勝手に決めるなよ」 「嫌いだろ、だらしない男」 「嫌いだけど、度合いによる」 「ほらやっぱり」  ふざけた調子の瀬川に腹が立つなと思いながら、俺は枕に頭を置き直す。  まあでも……、瀬川は自覚があるんだ。それで俺に”嫌われるタイプ”なんて言う。あっけらかんとした態度にむしろ興味がわいてきた。  瀬川は言う。 「じゃあ、今からでいい? 期限は……そうだな。一週間くらい?」 「わかった」  美佐央の気持ちを確かめるために、と提案した話だけど……、今となってはなんのためにやるのか、もうよくわからない。だが瀬川になにか目的ができて能動的になるなら、それでもいいか。部屋でぼーっとされているよりは、ずっといい。名目があったほうが、一緒に出かけやすいだろう。 「よかった。じゃあよろしく、小竹くん」  瀬川は俺のうなじに触れた。当たったのが、唇と顎の先だったことに気づいたのは、温もりが離れてからだった。俺は尋ねた。 「……そういえば、そういう…性的なのは含むのか」 「セックス?」 「そう」 「君がしたいなら付き合うよ」  あくまで瀬川は、どちらでも構わないという立場らしい。別に俺だって、どっちでもいいもんな。今はそう思うけど……、もしも今日みたいな衝動が起こったらまた世話になろうかとは考えていた。割り切りが出来るみたいだし……。  しかし、俺だけが欲情するのはどうも理不尽だ。
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