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14
瀬川と魚谷が知り合いじゃないのだとすると……。あの魚谷の憎しみは、やっぱり美佐央に関してのことなんだろう。
美佐央は俺に、性行為の口止めをした。だが、瀬川の言ったとおり周囲の友達にバレているようじゃ、魚谷も二人が幼馴染以上の仲だと、知っているのかもしれない。
……少し気の毒だ。けれど、それは魚谷のほうの事情だ。
俺は情の移ったルームメイトを散々に言われて、いい気はしない。
散歩を終え、ぶらぶらしながら戻ってくると、ちょうど食堂があいたので立ち寄った。瀬川もちゃんと食べたので、ほっとする。
俺はストレスでやけ食いしてしまうことがあるけど、瀬川はきっと逆なんだろうなと、思った。そもそも部屋でものを食うところを、あまり見ない。
食事を終え自室まで戻る途中、ふと思いついたように瀬川が言った。
「ルームメイトとの相性なんて……。いくら遺伝子検査をしたからって、生まれてから過ごした環境もあるわけだろ。だから、俺はあまり信じていなかったよ」
「ふーん……」
「ごめんね、こんなことを言って」
「信じてなかった、っていうのは瀬川の行動からもわかる」
「そっか」
瀬川はまた笑う。笑顔っていうのは、基本的には良いイメージのはずなのに、俺は瀬川が笑うと少し不安になった。
俺からすると瀬川は……、別に笑いたくもないのに笑っているように見える時がある。
その場を取り繕うために。俺に心配をかけないためかもしれなかった。
痛々しい……、とまではいかないけれど、見ていて不快だ。
「相性は置いといても、小竹くんと親しくなれてよかった」
俺は思う。ほら、やっぱりいいやつなんだ。遺伝子とか、αもΩも関係なく。俺と交流が持てて嬉しいと言っているようなものだ。
俺たちは自室に戻る。
なんとなく時間を持て余し、歯を磨いたり、汗ばんだ身体をシャワーで流したりして、茶を飲んだ。
瀬川は文庫本を持ってベッドの上部に寄りかかったけれど、集中できなかったようで、そのうちまた横たわってしまった。
ぼんやりしている。俺はベッド脇に立ち、瀬川を見下ろしながら言った。
「……また寝るのか?」
「寝るってほどじゃないかな。少し昼寝」
「夜眠れなくなるぞ」
「眠れないなら起きてるよ。ここでは急ぐ用もないし」
「生活リズムが崩れてくるし、身体がメシの時間と合わなくなる」
瀬川は笑った。
この顔、苦手だ……。俺はため息をつく。ベッドの中央に寝転ぶ瀬川の身体を、強引に押して、端に寄せた。
代わりに俺が座った。前に足を投げ出す。
「何……?」
瀬川はすでに身を起こし、不思議そうにこっちを見つめていた。
「膝まくら」
「ええ?」
「コミュニケーションだよ」
「ああ、うん……」
瀬川は戸惑っていたが、そのうち横になり、俺の腿にゆっくり頭を置いた。俺はすかさず、その頭を撫でた。
やめろとは言われなかったが、瀬川は一度だけ顔の向きを変え、訝しげに俺の目を見る。また元の体勢にもどる。
「小竹くんってたまにすごく、意外なことをやるよね」
「……これ?」
「そう」
「嫌なら、やんないでもいいんだけど」
「ううん……。予想を裏切ってくるってことを、言いたかった」
「そう……」
俺たちには共通点が少ない。
俺は……瀬川とどうやったら親しくなれるのか、距離を詰められるのか。正直に言えばよくわからなかった。
なにか、力になりたい。瀬川と関わりたくて恋人役なんて言ったけど、冷静になってみると少し行き過ぎた発言にも思える。俺たちは知り合ってから、まだ一週間も経っていないのに。
サラサラした瀬川の髪の毛を指ですきながら、呟いた。
「……俺が落ち込んでるとき、スミくんはよくこうやってくれた。俺の考えた行動じゃないから……、違和感あるのかも」
「へえ……。もしかして朝のも?」
「朝の?」
「布団の上から抱きついてきた」
「ああ、うん……。よくわかったな」
「なんとなく、そうかなって。……相当仲が良かったんだね」
「うん。……よかったよ。スミくんはすごく優しくて、いつも俺の味方してくれて……。大好きだった」
「そっか」
「俺が抱きつくと、ちょっと困った顔して……、でも抱きしめ返してくれて……そういうの、好きだった」
「小竹くんの気持ち、気づかれてたんじゃない?」
「えっ?」
瀬川の唐突な切り返しに、心臓が跳ね上がった。
「いくら7歳差で、よく世話してもらったっていっても、男同士でそんなに仲いいの珍しいよ」
「……そうかな」
俺とスミくんの関係は、村じゃ誰もが知っていることだから『仲がいい』なんてわざわざ言われたことはなかったか。急に照れくさくなった。
瀬川は言う。
「俺は気づいてたと思うな」
「もし俺の気持ちに気づいてたとして……。いや、多分無いと思うけど……。でも、ここを勧めてきたってことは、脈はないってことだ。どのみち……」
「俺の想像だけど、違う説もある。告白してないなら、まだわからないよ。スミくんは君に気があったけど、葛藤の末、仕方なくここを勧めたって可能性もある」
「え……」
「たとえば、君がヒートの時ってどうしてた?」
「俺は15から抑制剤飲んでたよ。……それでも、万が一があるからその期間は近寄るなって言われてた」
「……だろ? 抑制剤を飲んでいても防ぎきれないフェロモンの事故っていうのはある。事例で多いのは、いわゆる”片想いフェロモン”ってやつで」
「……なにそれ」
「だからさ……。ヒートのとき抑制剤を飲んでもなお、溢れ出るものがあるなら……それは恋してる相手だからだって、分かっちゃうんじゃないかって」
「……え?」
「知らない? ヒートのとき無作為にaを誘うフェロモンは抑制剤で抑えられるけど、特定の相手に対するフェロモンって、少し別なんだ」
「それ、本当か? 聴いたこと無いけど……」
「噂程度には広まっていた話だけど、長いあいだ科学的裏付けがなかったんだよ。むしろ薬の効き具合の問題だと思われてた。別だっていう説は、たしか2年前に科学雑誌で発表されてた。これからもっと検体を増やして研究する必要があるけど、ほぼ間違いないって」
「……スミくん、そんなこと一言も……」
「真相はわからないけど、……スミくんさえ理性を保っていられるなら、何も問題ない話だし。誰にもバレない。君にだって」
「なっ……、なんで……。スミくんは俺にそれを言わないの?」
「……君と同じで、今までの関係を壊したくなかったんじゃないかな。フェロモンのせいだったとしても……スミくんからもし迫られたら、君は断らないだろ」
「うん……」
断らない。それどころか望みが叶う。
「脈があったって、身内のように育った可愛い弟分を抱くのは、スミくんには抵抗があったのかもしれないよ。君の話からうける印象じゃ、とても真面目で、優しそうな人だ」
フラッシュバックした。困り顔で微笑むスミくんの顔。一緒に寝たいとせがむと、子供じゃないんだからとぼやくが、最後は受け入れてくれる。俺はスミくんのそばで匂いを感じて幸せで……。
「……恥ずかしい、俺……」
つい口からこぼれていた。
「あくまで仮説だからね、これ……」
「俺……、去年までこの膝枕やってもらってた。頬にキスしてもらってた。俺が、頼んで」
「小竹くん」
「お風呂だって一緒に……」
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