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 俺は瀬川の下から足を引き抜き、ベッドから降りた。  自分の机にまわりこんで、充電中のスマホをコードから引き抜く。電話帳を開いた。スミくんとは初日にメッセージのやり取りがあって以来だ。  俺がコールボタンをタップしようとしたその時、瀬川が横から手を出して、俺のスマホを奪い取った。 「なんだよ」 「小竹くんこそ、どうしたの急に」 「さっきのこと、電話で確かめる」  スマホを取り返そうとすると、瀬川は身体のむこうに隠してしまった。 「おい」  瀬川は俺の目をじっと見て、溜息。 「待って。あのね……全部俺の想像だから。科学雑誌の発表は本当だよ。ネットでも辿れる要約記事があるから、探してみると良い」 「俺、思い当たることが多すぎるんだ。ヒートが出始めて、……そのころからスミくん、少し変わったんだ。たぶん、俺にしかわからないような変化かもしれないけど……」 「変わったって、どういうふうに?」 「その……スキンシップが少なくなって。だけど俺、それが寂しくて余計スミくんにべったりするようになって……」 「小竹くん。とにかく、一晩考えよう」 「一晩って、なんでだよ」 「冷静になるんだ。ここを勧めてくれたのはスミくんだろ」 「うん。だから確かめる」  瀬川の後ろに回り込んで、強引にスマホを取り返した。邪魔されないように部屋を出ようとドアに向かうと、後ろから腕を掴まれる。 「待って。いま確かめてどうするの。ごめん、俺が変なこと言うから……」 「逆に、瀬川は何をびびってんだよ。確かめてすっきりしたほうがいい」 「そうだけど……」  まだ不安げな顔をする瀬川に、俺は思った。そうだ、こいつは昨日、美佐央と魚谷の仲の良さを見せつけられたばかりで……傷ついてる。瀬川の発言がきっかけで、俺まで情緒不安定になったら困るか。その責任を感じるのも嫌なんだろう。そうだな……。  俺は瀬川に向き直った。 「そういえば、俺、いまは瀬川の恋人だった」 「そう!そうだよね……!!」 「お前の言う通り、一晩待ってみるよ。また明日考えてみる」 「ありがとう!小竹くん!」  笑顔になった瀬川は、俺を正面から強く抱きしめた。やっぱりノリが合わないんだよな……と思いながら、黙っていた。  深夜、俺は目を覚ました。  時計を観るとまだ2時過ぎだ。熟睡はできなかったんだろう。  3時間は寝ているし、日付も変わった。陽はもちろん明けてるわけないけど……。  俺はゆっくり身体を起こした。  机の上のスマホを充電コードから外す。コップに残っていた水を飲み干した。   音を立てないように気をつけて、掃出し窓の前に立つ。  俺はそっと網戸をあけて外に出た。  窓を閉める。  鬱蒼と緑の匂いが立ち込めている。ベランダに置かれている椅子には座らず、立ったまま、俺はコールし続けた。 昼間、そのうち電話するかも、とだけメッセージを送っておいた。だからこんな深夜でもきっと応じてくれる気がした。かけ直して3回め。 「……ゆいち?」  寝起きのかすれた声だった。 「うん」 「どうした? ……2時だ」  衣擦れの音がして、スミくんが頭を置きなおす様子を想像した。 「起こしてごめん」 「いいよ。元気でやってるか?」 「……うん元気だよ」 「同室の人は?」 「ちょっと変なんだけど、いいやつだよ。色白で……運動不足。押したら倒れそう」 「なんだそれ」  柔らかく笑った声。 「うん……。でも気が合わないよ」 「自分と違うタイプなら、意外と学ぶこともたくさんある。嫌いではないんだよな?」 「うん」 「なら良かった」 「うん。そのうち慣れるかな」  俺が怖気づいて確信を言いあぐねていると、スミくんは言う。 「それで? なにかあったんだろ。俺を起こしてまで言いたいこと」 「ああ、うん……」  俺は意味もなく椅子に座ったり、立って手すりへ寄りかかったりした。 「話したいことっていうのは、実は……。スミくんはなんで俺にここ、勧めてくれたのかなって……」 「退屈か?」 「ううん、メシも美味いし、広いし、いろいろ体験もあるし楽しいよ。湖もきれいで……」 「なら」 「スミくんは、俺がスミくんのこと好きだって知ってた?」  返事がなかった。俺は重ねた。 「好きっていうのは、片想いの意味で……。恋人に、なりたいっていう意味で」 「知ってたよ」  スミくんの声は落ち着いていた。 「そ……、そうなんだ。へえ」  俺はなんでだか顔が笑ってしまった。それを自覚すると、同時に瀬川の痛々しい笑顔が思い出された。きっといま俺は、あんな感じの顔をしている。 「いつから知ってたの?」 「おまえが、高校の頃」 「そっか……。聴いてみたかっただけ。……じゃ、夜中にごめんね。また」 「ゆいち、たぶんこれが一番いい方法で」 「知ってたなら、俺に言ってよ」 「言ったところで、どうにもできないんだから」 「だから急に彼女作ったの? 俺と変なことになったら困るから?」 「そうじゃない」 「でも言ってよ!! 俺、ばかみたい!」 「俺はお前とどうこうなんて」 「ばかみたいだよ! 俺がどんな気持ちだったかわかる?! 俺はΩの友達なんていらないよ!! 番だって……!! そんなの……別に俺は……」 「ゆいち」 「スミくんがいればよかったよ」 「俺は」 「放っといてほしかった!!」  俺は通話を切った。  スマホを、すぐさま暗闇に向かってぶん投げた。虫の声に紛れ、落ちた音も聞こえない。悪くすると、噴水に入ったかもしれない。  俺は何度か深呼吸をして、しばらくベランダをうろうろして……、また深呼吸。室内へもどった。すごく暑い。窓をしっかりしめて、エアコンをつけ、強めに設定した。  壁際のミニ冷蔵庫から、ペットボトルを取り出し、キャップをあけ炭酸水を口に含む。飲む。どんどん飲む。  瀬川を起こそうとわざと音を立てたが、反応はなかった。  仕方なく、ベッドに勢いよく腰掛けた。それでも起きなかった。 「瀬川」  俺はついに瀬川の肩を揺すった。 「ん……、なに? どうしたの?」 「瀬川、セックスしたい」 「セックス?」 「恋人だろ」 「脅しみたい……」  瀬川はそう呟いて動かなかったが、俺がじっと待っていると、手を握ってきた。 「いいよ。もともと性欲解消には協力するって話だったし。……ちゃんと瀬川って呼んでね」 「うん」
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