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スミくんが帰ってしまい、瀬川と二人きりになる。俺は昼寝をすることにした。いつもは、ヒートだってこんなに眠くならない。というか、俺はヒートによる体調不良があまりない。少しだるいからって、閉じこもっていると余計気が滅入った。
スミくんが早朝の散策に誘ってくれたのもそのためだ。朝の光を浴びて、新鮮な緑の匂いを感じて……、そのほうが俺は元気になる。
今回ははじめてのことが多かった。周期が乱れたのだから、身体がついてきていないんだろう。
部屋にもどってから瀬川は、やけに優しかった。
もともと言動が柔らかいから、そう感じるのかもしれない。番になってやるなんて大胆なことを言ったから、思うところがあったんだろうか。軽口の部類だったけど、瀬川に気があるならそう悪くないなと思ってた。俺はΩで、瀬川はαだ。遺伝子的にも相性が良くて……。性格は全然ちがうけど、スミくんの言ったように瀬川には学ぶところがある。何より瀬川は、基本的にたぶん人が良くて……、悪意がない。そういうところが、俺は好きだ。可愛いとも感じる。
セックスは変な感じで終わった。だが、きっとこれから知り合っていくうちに、もし、本当に瀬川と俺が付き合ったら……。それで、瀬川が俺を求めてくれるようになったら。先日とは全然違うセックスが出来るような気がした。
うとうとして、ふと目をさますと、部屋に瀬川はいなかった。それを寂しく思った自分に驚きながら、部屋を見渡す。
机上のタブレットがなかったので、それを持って、どこかで読書をしているのだろう。持ち込んだ本を全部読んでしまったから、電子書籍を読み始めたといってた。
俺は寝返りをうち目を閉じる。部屋のどこかで、通知音が鳴った。瀬川のもののはず。でもまさか、スミくんの忘れ物とか……?
どうも気になって探し始めたが、予想した場所には見当たらない。瀬川のベッドを叩いていると、枕元からそれが顔をだした。
「あった……」
掴みあげた瞬間、電源ボタンに触ったみたいで画面が明るくなる。そのロック画面の背景が美佐央だったので、俺は嫌な気分になって、それを放り出した。
自分のベッドへ逃げるように潜り込む。薄い掛ふとんを肩までかぶって丸まった。
嫌になる……。
瀬川が、美佐央を好きなのは知ってる。そういうものだ。
初対面のときから、瀬川は美佐央が好きだった。オナ禁してまで、美佐央とセックスしたかった。それさえ達成できればルームメイトのことなんてどうでもいいという……、自分勝手なやつだったから、俺は瀬川に腹を立てていた……。そもそもは。
また通知音。また……。
俺は起き上がって、今度は最短距離から瀬川の枕に手を伸ばし、スマホを手に取る。マナーモードにしたかったが、俺のとは機種がちがうから操作もすぐにはわからない。
ロック画面に先を阻まれる。映画鑑賞にタブレットを貸してもらったときのことを思い出し、同じものを打ち込んだ。通知画面に現れた「美佐央ちゃん」の表示。新着メッセージは5分前。通知をスワイプで消して、設定画面を開こうと思ったが、また通知が来た。
どうやら、瀬川はタブレットから美佐央とやりとりをしていて、その通知がここにも来ているみたいだった。
なんなんだ。
俺は意地になって通知を無視しつづけ、ようやくサイレント設定を完了し、スマホを枕元に置く。
フラれたとは言え、二人は幼馴染だった。別にやりとりしたって構わない。
……でも魚谷がいる。魚谷は、瀬川と美佐央が交流して良い気分はしないだろう。未練ありまくりの男が、恋人のそばをうろうろしているなんて。
俺は美佐央のことはどうでもよかったけど、魚谷は同じΩだからか……嫌いにはなれなかったし、興味もあった。瀬川のせいで、美佐央と魚谷がうまく行かなくなってしまったら……。それはなんだか可哀想だ。俺は眠気もすっかり消えたので、スマホをもって、瀬川を探しに行くことにした。
夕方5時。まだまだ明るいが、陽は少しだけかぎってくる。1階におりて探したが見当たらず、諦めて部屋に戻ろうかと思っていると、どこかから瀬川に似た声がした。音は、2階の踊り場付近からだ。こっちの階段はあまり使わないから知らなかったが、踊り場から外へのドアがあった。通気用の窓が開け放たれ、そこから声が漏れていた。たぶん美佐央の。
「まあ、もう……。俺の負け。ぐうの音も出ない。小竹くん、可愛いね。かなり気難しそうに見えたけど、そうでもなかった?」
「気難しいっていうよりは」
「一度ガード緩めたら、一気にとか……?」
「今日のは、少しイレギュラーだった。彼の身内が来ていたから、安心させたいっていうんで…、ふりを頼まれたんだ」
「一緒にいたの。お兄さん?」
「本当のお兄さんではないけど、そういう立場の人」
「そーなんだ。はぁ……今回はさすがに、俺が勝つと思ったけどわかんないもんだね。やっぱりおまえって、ものすごーく同情引くのがうまいわけ? 天賦の才能? あの第一印象、まさか覆せるなんて思わなかった」
「美佐央ちゃん」
「えっちしたの?」
「したよ」
「そのままほんとに付き合ったら? ……俺、魚谷と番になると思う。まだ正式にはどこにも言ってないけど……たぶんそうなる。だから、もうおまえとは遊んでらんないよ。魚谷にもキツく言われたから……。これでも結構、懲りたんだ」
俺はガラス戸を押して二人の前に出ていった。ベランダはかなり広さがある。ベンチも複数置かれていた。
瀬川は硬直していた。美佐央は目を丸くしていた。
瀬川の手にスマホを返し、少し躊躇ったあと思いきり腹に蹴りを入れ……そうになって、やめて、俺はその場をあとにした。
スミくんを信用させた演技だ。俺も騙されて当然だったのかもしれない。
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