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 瀬川とは一旦別れ、夕方に旅館で落ち合うことにした。仕事を少し早めに終え、片付けをして着替え店を出る。陽が短くなってきたのですでに辺りは肌寒い。  ーーーー俺は、あのホテルで予定通り最終日まで過ごした。  瀬川は、美佐央にいままでのことを謝罪したらしい。文句じゃなくて謝罪というのが、瀬川らしかった。内容を詳しく訊かなかったが、それでも少しは腹を割って話したらしく、その夜はやけにスッキリした顔をしていた。やっと肩の荷が下りたみたいに。  その日は少し酒を飲んだ。  俺もスミくんとの事にけじめがついて、開放的な気分っていうのもあった。そして、瀬川も……。  それぞれ抱えていた、個人的な障害がなくなった。  ルームメイト。親しいαとΩの状態。  そして過去に触れ合った経験もあったので、なんとなくそんな雰囲気になって……。色々と触り合っているうちに気持ちよくなった。その日はお互い最後には照れて、途中で終わってしまった。それきり、何も言及しないまま一緒に過ごした。  恋人ごっこなら平気だったのに、いざ瀬川と向き合って仲睦まじいことをしようとすると、俺はだいぶ抵抗があった。嫌なわけじゃない。ふざけあっていた友達が、急に別次元にいってしまった感じだ。  俺ははっきりと拒否を示したわけじゃないが、改まって二人になったり、いい雰囲気になるのを避けていた。  瀬川は俺のそんな態度をどう感じたのかはわからないが、結局、最終日に何もなく別れた。  俺はスマホを買い直して、連絡先の交換もした。また遊ぼうとは言ったけど……、俺と瀬川の生活にはあまり共通点がない。  瀬川は卒業間近とはいえ東京に住む大学生。俺は岐阜で働いてる。思い立ってすぐ会える距離じゃないし、生活パターンも違う。  俺は文章のやりとりが得意じゃなくて、だから……、一度離れてしまうと、どうやってコミュニケーションをとっていいのか途端にわからなくなった。  日常のなかで、たまに瀬川を懐かしく思い出すことがあった。会いたいと思うことがあって……。  けれど、なかなか行動を起こせなかった。理由はわからないけど、メッセージひとつ送るのにも悩んだ。  一ヶ月も立った頃、瀬川から遊びに行きたいという連絡を受けて、今に至る。  手ぶらのまま、瀬川が宿泊しているという旅館へ向かう。  うちと同じ並びで10件程向こう、角の店だ。あと少し、のところで店の玄関から出てきた瀬川と鉢会った。 「小竹くん」  瀬川はすでに入浴したらしい。さっきまで帽子で押しつぶされていた髪が、サラサラと風になびいている。服も着替え、薄いウエストポーチだけを身に着けていた。 「瀬川」 「少し散歩しようかと思って」  この時間になると大半が店じまいだ。俺は瀬川を連れて、集落の外れにある高台へと案内した。通りから脇に逸れ5分ほど登ると、少し開けた場所にでる。周辺は見晴らしのために藪も払われ、整備されている。簡易な展望台だった。  この方角じゃ夕陽は見えないが、茜色に染まっていく空が、広々と感じられる場所だった。瀬川は木製の柵越しに、一通り景色を眺めたあと振り返った。そして俺に言った。 「会いたかったよ」  通りからここまでは、熊の話をしていたのに、話題の転換に驚いていた。 「あっ……、ああ、うん……」  俺は適当な言葉をもらしたあと、なんて答えるのが正解だったんだろうと考える。瀬川は一歩俺へと踏み寄った。 「小竹くんは……?」 「まあ、……会いたかった、かな」  昨日から気にしてソワソワしていたのに、それを瀬川に知られるのはなんだか恥ずかしい。 「あのさ」  瀬川はウエストポーチの中から、手帳みたいなものを取り出した。薄っぺらい、二つ折りの財布にも見える。それをひらいて、中から何かを取り出す。細い鎖。 「何?」  瀬川の手元を覗き込むと、それはネックレスだった。リングがついている。 「小竹くん、俺……。普通の生活に戻ってからすごく考えたんだ。美佐央ちゃんとのこと。いままでの俺の行動……」 「……へえ」 「俺は、本当の意味ではじめて……、美佐央ちゃんと自分のこと、客観的に見ることが出来たと思う。それに」 「うん」 「小竹くんが俺にしてくれたこと、言ってくれたこと……、は、やっぱりすごく特別だって思った。俺が……一番感謝してるのは、君が最後まであのホテルにいて、俺と一緒に時間を過ごしてくれたこと。そばにいてくれたこと」  瀬川は、ネックレスを握りしめたまま言った。 「君にもし今、その気があったら……、俺と番になってください」 「へ……」 「これは指輪……なんだけど、指輪は苦手そうだからネックレスにしたんだ」 「つ……番って、気が早くないか……」 「早くはないと思う」  俺は、瀬川から告白されるかもしれないとは思っていたが、ここまでは予想していなかった。 「付き合ってもいいけど……、番っていうのは、もっとよく考えてからのほうが」 「一ヶ月半考えたよ」 「美佐央のことは、もういいのか」 「うん、大丈夫」 「瀬川、俺たち……、あんまり普通の状態では……したことがないし……、そういうのは大事だろ? 特に瀬川が、αとのセックスじゃないと興奮しなかったら俺だって気まずいし、……ちゃんと見極めてからのほうがいいと思う。そんなに急いで進めなくても」 「じゃあ、今日は……どうかな」 「今日……?」 「今日、小竹くんも旅館に泊まって確かめれば」 「やっ……やだよ! 俺あそこの女将さんよく知ってるし」 「もう俺のこと、恋人だって勘違いしてるみたいだった」 「はあ……?」 「小竹くんに会いに来た、って言っただけなんだけど……。だから、そんなに心配しないでも」 「なっ……! なにを勝手に……!!」 「会いに来たって言っただけだよ、本当に」 「……どういう友達か訊かれただろ」 「うん、夏の交流会で同室だったって話して」 「そんなこと言ったら、恋人だって思われるに決まって」 「小竹くん」  俺の言葉を遮るように、瀬川が言った。 「嫌かな」 「嫌じゃないけど……」 「何……?」 「旅館だとしても、恋人と思われてても抵抗あるし、俺はやらない」 「……そっか、ごめん。別の旅館にすればよかった」 「無駄だ。……全部知り合いだから」 「ごめん」 「瀬川」  俺は、瀬川の握りしめた手から、やや強引にネックレスを引き取った。もぎ取った、に近い。 「急に、”番”にっていうのが驚いただけだ。離れて……、一ヶ月も音沙汰無しで、こうなるとは思わないし……。今日まで、瀬川が何考えてるのか全然分からなかった。もう、そういう……気持ちじゃないのかなってことも考えてて」  息を吐く。辺りは薄暗くなってきた。 「明日なら俺も一緒に下るし、平日なんだからどこか宿は取れるだろ。きっと……。駅のまわりなら」 「駅で?」 「駅でホテル、に……泊まればいい。旅館でもなんでもいいけど、とにかく俺の知り合いがいないとこがいい」 「小竹くん……!!」  力強く抱きしめられ、瀬川の匂いを懐かしく感じ、胸がはずんだ。  じゃあとりあえず今は恋人ってことだよね、と瀬川に念を押されうなずいた俺は、瀬川の恋人になった。嬉しそうな瀬川を見ると、俺も気分がいい。やっぱり俺は、ただ普通に瀬川という人間が好きなんだろう。  俺たちは日が暮れる前には旅館に戻った。女将さんの詮索をなんとか躱す。  
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