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 瀬川の視線はさまよう。じっと待った。何度か溜息を繰り返した瀬川は、しぶしぶといった様子で話し始めた。 「どうしていいのか、わからなくなって……ここに来ようと思った」 「……どうしていいのか、って?」 「い……、いままで。今までの俺の人生には、常に美佐央ちゃんのスペースがあったんだ。それを含めて考えていた部分が大きかった。今思うと、相手の了承もないのにそんな人生を夢見るなんて、おかしいとは思うよ。でも俺は……、当時はそれで納得してたんだ。あの交流会に行くまでは、それで大丈夫だって思い込んでた」 「へえ……」 「今は……、何をやっても虚しく感じる。張り合いがなくて……、しぼんだ風船みたいにぼんやりしてるんだ。感覚が鈍くて……、いままでみたいにできない。自分が自分じゃなくなったみたいだ。あのホテルにいたときは、非日常だったし君もいたから、気が紛れていたんだろうと思う。でも普段の生活に戻ったら、少しずつこうなっていった。夜もよく眠れなくて……。なにか行動しないと自分がダメになる気がしたんだ。このままじゃ……、このままでいたら俺は、本当に何もできなくなる気がして……」  言葉が途切れると同時に、瀬川の目からポタリと大粒の涙が落ちた。 「怖いんだ。こんなの、情けないけど……」  俺は襖から離れ、畳にリュックを投げ出した。 「小竹くん」 「……それで、なにか行動しようと思って、俺に会いに来たわけか」 「山に登るって、精神的にもいいって読んだんだ。だから……、自分を変えるいい機会なんじゃないかって。……君が何か厳しいこと言ってくれるのも……期待してた」 「瀬川、俺が聴きたかったのはそういう事」 「え」 「おまえの本音が聴きたかった。かっこつけてるんじゃなくて」  瀬川の正面に立ち、片方ずつ手を握った。瀬川は少しだけ身を引くような動作をしたが、逃げはしない。  瀬川の指は細かった。 「小竹くん」 「要は、助けてほしいんだろ。俺に」 「それは……」 「助けてほしいって言えたら、助けてやる」  瀬川は俺を見つめ、そのあと気まずそうに目を逸らした。 「お……俺は、ただでさえそういう部分が多いから」 「そういう部分、って?」 「なんていうか……、弱々しいところ……、があるから抵抗がある。人に頼るのは……」  俺は、溜息をもらしたいのを堪えた。そのかわり、瀬川の肩に頭突きをした。 「そういえば……夏休みが終わったら卒論って言ってたよな。忙しくなるって。ちゃんと書けてるのか?」  瀬川は視線を落としたままだった。ぼそりと呟いた。 「……ぜんぜん進まない」 「そうか……」 「あんなに楽しかったのに。ショックだよ」  他から見聞きした情報からすると、”卒論”はすごく大変で苦労する作業なのだと思っていたから、瀬川の発言は意外だった。 「大学はちゃんと行ってるんだよな?」 「……うちのゼミは実験があるわけじゃないから、もう頻繁に行く必要もないんだ。卒論以外の必要な単位は、3年までに取り終わってる」 「へえ……。じゃあ春頃って瀬川は何してたんだ?」 「就活してたよ」 「就活?」 「うん。うちの仕事はもう内容を把握しているから、興味のある業界で経験を積むべきだろうと思っていて」 「真面目だな……。じゃあ、内定決まってるのか。どんな会社?」  瀬川は黙った。俺は、少しだけ嫌な予感がした。 「……美佐央ちゃんち」 「おっ……おまえ……」 「前から、お兄さんにすごく気に入ってもらってたんだ。視野を広げたくて色々な会社を受けはしたんだけど、結局、強く誘われて最終的にそこへ」 「卒論って、できないとどうなるんだ? 卒業できなくて留年?」 「うん、まあ……」 「そんな状態で、よく俺を”番に”なんて言えたな。責任とか覚悟が生まれて、またやる気がでるとでも思ったか。それこそ利用されてる感じしかしない」  瀬川は気まずそうに俯くだけだった。 「親に頭下げて、留年すれば? 暇ならたくさんバイトすればいいし、実家住みなら学費分ぐらい稼げるだろ」 「……たとえお金の面で大丈夫だとしても、そういうわけにはいかないよ。留年なんて絶対にありえない。事故で入院でも無い限り、なんて言われるか」 「瀬川。留年したって、卒論書けなくたって……死ぬわけじゃないからな。美佐央んちもいっそ断れ。よく知らないけど、断る方法あるだろ? そもそも卒業できないなら就職どころじゃないし」 「でも」 「お兄さんと親しいなら、順序的にはそこへ相談するのがいいかもな。ぎりぎりになってやっぱり働けないって言い出されるよりは、早いほうが人の手配もできる」 「お兄さんを失望させることに……」  俺は溜息をついた。 「そのぐらいでおまえを見限る相手なんて、結局その程度なんだろ。失望なんて勝手にさせとけばいい」 「だけど」 「嘘つかないなら……、俺がそばにいてやる」  なぜだか、俺はそうこぼしてしまった。 「……小竹くん」  俺は首に抱きついて、瀬川にキスをした。 「やるぞ」 「えっ」  瀬川を引っ張り、布団の上に押し倒す。電気も消し、腹の上にまたがった。寝巻き代わりのTシャツを脱いだ。 「小竹くん」 「あんまり声、だすなよ……。俺も、抑えるから」 「あの……もしかして、番になってくれるってこと、なの……かな」 「……俺を満足させられたら、考えてもいい」
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