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 パーティーは夜通し続く雰囲気だった。  庭から、森のなかに消えていく二人組を数度見かけた。バカだな、と俺は思う。虫が気になって集中できずに、そのうち戻ってくるだろう……。  俺は腹が満たされ、珍しいものを一通り食べてしまうと、会場にいるのが途端に嫌になった。配られていたペットボトルの水を一本もらって、俺は夜半前に会場をあとにした。もちろん一人で。友達作りは明日からでいい。俺は、恥ずかしがり屋な人間ってことにする。  同室とうまくいかないっていうのは、全体からするとどのくらいの比率なんだろう。  日数が経てば、別の相手を探そうとする者が増えてきて、そこで交流が生まれるんだろうか。  それにしたって、初日で”ナシ”を完全に判断する組はめったに居ないはずだ。もともと知り合いでお互い嫌い合ってるとか、あとは俺達みたいな……。  少なくともαとΩで、相性がいいと何らかの裏付けがあるなら、興味本位で一回はやるだろう。  俺は施設内を散策した。ちょうど俺の部屋の真下に見えた噴水を観たかった。通路を行ったり来たりしていると程なくして見つかって、庭へでるガラス戸へ近づく。  しかし、噴水の奥の方に腰掛け、仲睦まじく抱き合う誰かの影を見つけて、俺は素通りした。深夜だし仕方ないよな……、そう分かっていても、廊下で深いキスして足を絡め合っているカップルを見かけて、辟易した。早く部屋に入れよ。  もう寝よう……。  そう思って階段を上がり、自分の部屋へ戻る最中に、どこか窓の外から喘ぎ声が聴こえて、苛立った。たぶん野外でやってる。虫に刺されて後悔するといい。  部屋につくとホッとした。もちろん瀬川は居ない。交友が広いみたいで、あっちへこっちへと、引っ張りだこだった。あの様子じゃ朝帰りかもしれない。   洗面所で歯を磨きながら、鏡の下の棚にとてもおしゃれなケースが置いてあると気づいた。長方形のアルミ製で拳大。ロゴマークが浮き出すように加工されている。瀬川のものだろう。 歯ブラシを咥えたまま、俺はそのフタをあけた。  淡い黄色から赤へのグラデーション。石鹸が入っていた。角もくっきりして、新品らしい。ここで使うために持ってきたんだろう (いい匂い……)  思わず鼻を近づけてしまう。花の香り……。少しあとをひく、本物の花畑にいるみたいな芳香だった。こんなにくっきりと香りが再現されるなんて、値の張る材料を使っているんだろう。  俺は一度フタを閉め、歯磨きを再開したが、気になってもう一度あけた。  嗅ぐたびに、もう一度、と思う。やめられない。  この香りが自分から発されていたらさぞかし気持ちいいだろう。いい気分で眠れそうだ。  庭にでたこともあってか、俺の身体は少し汗ばんでいる。やっぱりもう一度シャワーをあびようかな。  俺はその石鹸を持って、浴室へ向かった。  瀬川はだいぶ酒を飲んでたみたいだし、どうせ足元もおぼつかない状態で戻ってくる。石鹸の微量の変化になんて気づかない。問われたら、おまえが昨夜使ってた、と言ってやればいい。  これをもって、今日の事件は忘れてやろうと思った。  人になんと言われようと、身体を洗うのは手ぬぐいだ。  お湯に晒したあと、そこへ例の石鹸を擦り付けた。泡立てるうちに、いっそう香りが広がっていく。身体を洗いながら俺は思った。 (高くても、買ってもいいかな……)  瀬川にどこで買えるのか訊いてみよう。ブランドなら、石鹸だけじゃなくて香水もあるだろうか。香水なんてあまり好きじゃないけど、この香りはすごくいい。  自然だし、部屋がこの香りになってほしい。そんな想像を繰り広げるうちに、俺は石鹸を半分ほど使ってしまったことに気づいた。 「え……」  さすがに自分でも驚いた。減りが早すぎるだろう。  これは正直に話して、同じものを買って返すしか無い。なんだなんだ、高級な石鹸は成分が早く溶け出すとか……?  俺はシャワーで身体を流した。  けれど、香りはやけに強く残っている。浴室から出て、身体を拭いて……それでも香りは続いた。むしろより強く感じられるようになる。湿度が下がれば、匂いっていうのは自然と落ちていくものだ。変だな。  そのうち、あまりにも強い香りにくらくらしてくる。  のぼせたのか……。そんなわけ。  酒だって、俺はワインを1杯飲んだだけ。  ベッドに寝転がる。  丸くなって、気分の悪さをやり過ごそうと思った。食べすぎてはいない。腹八分目で済ませた。だがもしかすると、食べ物に当たった可能性はある。珍しいものがたくさんあったから……。  火照りを感じた俺は、室内の温度を下げようと起き上がってリモコンを探した。どこだっけ……、わからない。もう目を動かすのも嫌で、また寝そべった。 「……い」  声が聴こえた気がして、俺は目をあける。眼の前、ベッドのすぐ脇に人がいた。たぶん瀬川だろう、太ももの辺りがぼんやり見える。  気がつくと、肩を触られていた。 「大丈夫か?」  身体に響くほど、低い声。肩に触れた手が、気持ちいい……。俺は掴みかえした。瀬川は想像よりもがっしりしてる。俺はそのたくましい腕を引き寄せ、抱きしめようとして、その寸前、強い力で拒否された。腕の主は言う。 「やばいだろ、この状態……。瀬川呼んでこいって」  気持ちいい声。瀬川じゃなかったようだ。まあいいか……。  横から、別の声がした。 「な、この子……可愛くない? こんな子さっきいた? 俺すごい好み。身体引き締まってて」 「わかる、結構いいよな」  別所からまた違う声。俺は数人から見おろされているようだった。  ふいに脇腹の辺りを撫でられて、身体の奥底から湧き上がるような震えを感じた。 「ん……」 「声もかわいい。瀬川は、同室とやる気はないんだろ。じゃあ俺が頂いちゃってもいいか」 「良くないだろ」  身体が熱い。まるでヒートのときみたいにムラムラした。やりたい。できれば、さっきの腕の太い男がいい。あれだけがっしりしてるなら、他の部位だって似たようなものだろう。筋肉質な身体に、今すぐめちゃくちゃに抱かれて……、気持ちよくなりたい。  軽薄そうな声は言う。 「こういうの使うってことは、この子だってやりたかったんだろ。あいつが相手にしないもんだから、ヤケになったとか……。可哀想になぁ。俺があとの面倒見るから、おまえらみんな出てって」 「おい、いい加減にしろよ。経緯もはっきりしないのに」 「硬いこと言うなって。なー、君もやりたいよな? 廊下まで匂い漏れるほど媚薬大量に使って、ハアハア言ってるんだから」
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