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 部屋の眩しさに目を細めた。   視界には本棚。机上には俺のノートと筆箱が置いてある。  そのすぐ左の掃出し窓からは、陽光が差し込んでいた。陽射しの具合からいって、昼頃だろう。  起き上がろうとしたが妙にだるい。いつものようには身体が動かなかった。力を抜いて、もう一度。それでもやる気が起きなくて、仕方なく俺は寝返りをうった。  すると、隣のベッドに瀬川が腰掛けているのが見えた。奇抜な柄のアロハシャツと、黒いハーフパンツをはいている。なにか文庫本を読んでいて、俺の寝返りに気づいて顔を上げた。 「小竹くん」  石鹸のことが頭をよぎった。  仮に朝帰りだったとしても彼もシャワーを浴びただろうし、半分も減っていたら気づくはずだ。俺は声を出した。 「あー……、あのさ」 「水飲む?」  グラスを渡された。傍らには2Lのペットボトルがあり、そこから注いだらしい。  彼はストローを刺してくれたが、俺はちまちま呑むのが好みじゃないので、なんとか起き上がった。ストローを避け、コップ一杯を飲みきる。  それを、ベッドの間にある小さなテーブルへ返そうとすると、彼が立ち上がって受け取ってくれる。  俺は上半身裸で、よくよく見れば下もだった。なにも身に着けていない。  昨日、倒れ込む前にパンツとTシャツは着た気がするが……。まあいいか、と俺はまた布団に潜った。素肌に触れるシーツがひんやりして落ち着かない。だが服を着るのは億劫だ。 「気分はどう?」 「最悪。何かにあたったと思う」 「あたった?」 「宴会の食い物に。珍味系もあったから」  自分でそう言いながら、吐いた覚えも下した覚えもないのを、不思議に思った。 「瀬川は、昨日何時に戻ってきた?」 「夜中の2時頃」 「そうか。悪いな世話かけて」 「え?」 「濡れたタオルとか、脱いだもの全部投げっぱなしだったろ」 「ああ、うん……。構わないよ、そのくらいは全然」  体調が良くないせいか、瀬川の柔和な受け答えと、静かな声に少しホッとした。  俺は言う。 「気づいたと思うけど……、洗面所に置いてあった瀬川の石鹸、勝手に使ったよ。悪い。ブランド名教えてもらえれば、買って返すから」 「ああ……。あの石鹸、どうして使う気になったの?」 「歯を磨いてるときに目に入って、あけてみたらすごくいい香りだったからさ。ちょっと借りるつもりが、減りが早くて。あれって普通の石鹸と違うの?」 「うん、まあ……」 「ブランドの名前、スマホにでも送っといて」 「……石鹸は返さなくていいよ。一般に流通してるものじゃないから」 「オーダーメイドとか……?」 「小竹くん。本当に……本当にごめん!」  瀬川は俺に向かって、深く頭を下げた。 +++ 「び……」 「媚薬入り石鹸」 「媚薬……?!」  ふっと、ぼんやりした情景が浮かんだ。  そうだ。俺はベッドに寝てた。周りに複数男がいて、俺に媚薬がどうとか話してた。脇腹を撫でられて……。 「なんでそんなもの」 「あれは、その……、α同士がセックスするときに使うんだ。Ωのフェロモンと似た成分が混ざってる。お互いの匂いが邪魔で、うまくいかない事が多いから」 「α同士……、って昨日の?」 「そう。あいつもαなんだ」 「そうなんだ……」 「αの匂いを消すぐらいだから、すごく強い作用がある。Ωは絶対に使わないように注意書きもある。あの銀色のケース、アルミに見えたかもしれないけど専用の特殊なもので、閉じてさえいれば匂いがもれないようになってる。……でも、俺がうかつにあんなところに置きっぱなしにして……、それがすべての原因だ。本当にごめん」  俺は絶句していた。  夕方にシャワーを浴びた時は、洗面所でドライヤーを使った。あのときも置いてあったのかもしれないが、俺は瀬川にムカムカしていたから、あまり周囲を見なかった。 「君は、鍵を閉めずに寝ていたらしい。廊下にまで溢れた匂いに気づいた友人が、君のことを知らせてくれた」  最悪の想像が頭をよぎる。 「その時のこと、少し覚えてるよ。ベッドの周りに何人かいた。媚薬使ってるから、俺がやりたいんじゃないかって話をしてた」 「そうか……」 「……俺って、その中の……誰かにヤられたのかよ」 「いや」 「本当のこと言え」 「やられてない。一緒にいた俺の友人が止めたから」 「……がっしりした人?」 「そう」 「そっか……」 「止めたはいいが、小競り合いが白熱して……、殴ったりもあったんだ。規則違反だったから、その場にいた全員が昼にはここを出てったよ」 「……へぇ」 「俺は、責任を強く……強く感じてる。君を危険な目に合わせたこと。今も苦しませていること……。それに大事な友人から……交流の機会を奪ってしまったこと。一ヶ月の予定をふいにさせた」  瀬川は、足元を見つめながら言った。 「今朝、ホテルのかかりつけ医を呼んで君の体調は見てもらった。媚薬の経緯も全部話したよ。基本は、媚薬の成分が抜けるまで待ってるしかない」 「待ってるって……どのくらい」 「3、4日」 「そんなに?!」 「……発作的にヒートに似た性衝動がわくこともあるようだから、その場合は、俺が責任持って相手をする。遠慮なく言って欲しい」 「お断り。一人でどうにかする」  彼は逡巡するように視線をさまよわせたあと、言った。 「一歩間違えばもっとひどいことになってた。この伝統ある集まりだって、今年で終わりになるところだったんだ。償いとして、俺に世話させてほしい」
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