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 俺は瀬川を見つめた。  なんだか急にしおらしく、いかにも改心したような素振りだが、丁寧すぎて逆に白々しく感じられた。  こんなに人を疑うのもなんだが、最初から信用が失墜している。そこを解消しないまま優しいことを言われても、うさんくさいとしか思えなかった。  引っかかっているのは……。  俺は仰向けになって天井を見つめ、ため息を付いた。 「世話、したいんならすればいいよ」 「ありがとう」 「でも、不信感だらけの相手に身の回りのことをされるのは嫌だから、いくつか質問に答えてもらう」 「いいよ……」 「昨日の人。友達って言ってたけど……、あんな石鹸の用意があるんだから、最初っからあの人とここでやるつもりだったってこと?」 「……期待はしてた」 「じゃ、セックスもたまにする友達ってことか」 「そうなるね。最後まではしてない、途中まで……」 「昨日、『瀬川は同室とやるつもりがない』って話を聴いた。それはどういう意味?」 「それは誰に」  俺は黙って瀬川を見た。彼は何かを諦めたように、顔を逸らし溜息をついた。 「わかった、言うよ」  瀬川はそれでもまだ、躊躇っているようだった。 「一部の人間は知ってるんだ。俺が昨日の彼にずっと片想いしてるってこと。ここへ来た目的が、彼に会うためだってことも」  瀬川は、自信なさげで絞り出したような声だった。片想い……? まさか、そんなふうには見えなかった。 「じゃあセックスしてたのは……」 「俺は本気だけど、あいつ……美佐央は『α同士』は現実味がないから無理だっていう。昨日みたいに、気が向くとセックスはしてくれる。彼にとっては、Ω以外との行為はスポーツみたいな感覚だって言ってた。気分転換できる、いい運動だって。だけど……」  彼は大きく息を吸い、吐き出してから、言った。 「もう、俺とはこれで最後にするって」  突然、顔を歪めはらはらと涙を流し始めた男。  俺は唖然とするしかなかった。 「おい……」 「もうわかんなくなったよ、一体俺は何しにここへ来たんだろう……!」  彼は、考える人、みたいなポーズで顔を覆って泣いていた。俺からすると、ツッコミどころだらけだ。  自分が失恋したとき、人に何を言ってほしかったか。思い出そうとしてみるが、状況が違いすぎている。  俺の好きだった人は……、セフレなんて関係は良しとしない。ありえない。  ……少しだけ、想像したことがあった。  ふたりでいる時に、急に大雨になってどこかの納屋の軒先で雨宿りをする。雨はやまず、中で少し休憩することに……。  衣服は湿って服に張り付き、肌が透けて見える。ちょっと肌寒いかな……なんて言ってると、彼がどこからか空の一斗缶と固形燃料、薪、ライターを見つけてきて、火を起こしてくれる。ここの持ち主は誰だろう御礼に行かないとな、なんて言いいながら。  俺ははしごを登り2階に行って、換気のため高い位置にある窓を少し開ける。  下りて一斗缶のそばによると、服を脱ぐようにと言われる。濡れている服を乾かすからって。  お互い裸なんて何度も見ているけど、特別なシチュエーションだから俺は意識してしまう。緊張しながら服を脱ぐ……。そのあいだも、なるべく、彼の身体を見ないように気をつける。  風邪をひくといけないからと、彼が肩をそっと抱いてくれる。大きくて、固くて……、カサついた手のひら。俺は照れてしまって恥ずかしい。でも、とてもいい気分。  そうやって身を寄せ、擦って温め合ううちにうっかり一夜を過ごす。  恋人になれなくてもいい。一回だけでいいから、抱いてもらえたら良い思い出にするのに、なんて……。  と、そこまで思い出し、俺は慌てて妄想を断ち切った。きっと媚薬の成分のせいだろう、こんなこと思い出すのは。 「せ……、瀬川の事情はわかった。だけど俺は、参加することが決まった春から、同室のαに会えるのを楽しみにしてたよ。せめて別の場所でやってほしかった。あと初日っていうのも、本当にどうかと思う」 「……ごめん」  そうつぶやいた彼の声は、昨日とは違っていた。泣いているせいかもしれないけれど、心からの言葉に思えたし、可哀想にもなってきたので、俺は溜飲を下げることにした。 「小竹くん。部屋で着いて早々というのも、実はちょっと事情があって……」 「事情?」 「3週間オナ禁できたら、この交流会のうちに一度くらいやってもいいよって約束だったんだ。昨日は、その……、俺が本当に3週間手をつけていなかったか、確かめる為に会ったんだ。けど、結局俺が我慢できなくてああいう流れに」 「……なんだよそれ」 「言い訳だよな。でも、俺も普通の状態じゃなかったってことを言っておきたくて……。普段はもう少し考えて行動するタイプだよ」 「そうじゃない! なんでそんなことに付き合ってんだよ」 「……なんでって、好きだから」 「好きだから? αが3週間オナ禁って……、ほとんどいじめだろ! バカなのか」 「い……いじめじゃない! 何言ってるんだ、俺は美佐央ちゃんが好きなんだ! いじめなんかじゃ……」  俺は頭の中に……、いい年のおじさんを想像した。若い子と付き合って弄ばれ、魂とお金を奪われ、フラレてもまだ自分のおかしさに気づかない。  プロフィールには大学4年って書いてあった。しかも……俺でさえ知っているような一流大学に行っててこれは相当やばい……。やばいやつだ。大学って、勉強さえできれば入学できるのか? 人間性とか教養とか、そういうの……。必要ないんだろうか。  もしヒートに似た症状が起こったとしても、絶対瀬川には頼らない。
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