梟〈ふくろう〉

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「一本ずつでいいよね?」  襖を開けた真奈美が持つトレイには、小ぶりの果器に出されたポテトチップスとチョコレート。  真奈美は座卓の上にトレイごと置くと、座布団に座った。  空いたひとつに亜美が座ると明美が最後の一枚に座った。 「凛ちゃん、寝たの?」    明美の言葉に亜美は頷く。 「こんな時間に寝たら、夜寝ないかもしれない」 「今日はばあばもいるんだから」  不安気な亜美の言葉を真奈美は軽く流して、缶ビールのプルトップを開けた。 「グラス持ってこなかったから、缶のままでいいよね」  明美と亜美も続いてプルトップを開ける。プシュっという音が部屋の中に響いた。そんな音だけで部屋の温度が少し下がる気がする。  三人は軽く缶をあててそれぞれに缶ビールを飲んだ。 「お父さん見たら怒るかな」 「『女の子が缶のままビール飲むんじゃない』って?」  亜美の言葉に真奈美が笑いながら洋一の声真似をする。まったく似ていないのにその情景がわかるのは、自分も何度も言われたからだろうと亜美は思っていた。    (何度も言われた。そのたび鬱陶しかった)  ビールを一口飲んだ真奈美は洋一の声が聞こえた気がしていた。  父親の口から出る『女らしい』とか『女だてらに』という言葉が好きではなかった。だからそんな言葉を聞くと、真奈美はつい反抗的な態度をとってしまった。昭和という時代に生まれた男。父もそんな一人だったんだと心の中で思いながら真奈美はビールを飲んだ。 「千恵子叔母さん、またこのお饅頭だね。もうお父さんは食べないちゅうの」  言いながら真奈美は饅頭をひとつとって包装を解く。ビールのつまみに饅頭を食べる父のことを笑ったけれど自分も同じことをしている。こんな組み合わせも悪くないと真奈美は思っていた。 「子どもの頃からお父さんが好きだったんだって」  明美もひとつ手に取ると、包装を解いてぱくりと齧った。 「二人ともお饅頭つまみにビールって気持ち悪くないの?」  亜美だけはビールと饅頭の組み合わせに否定的だった。  明美は姉妹といっても違う思考や味覚を持つ真奈美と亜美のそんなやりとりを見ているのが、昔からとても楽しかった。そんなことを思い出しながら饅頭を食べ終わって、ポテトチップスに手を伸ばす。 「千恵子さんは昔からお父さんのことが大好きだったからね」  ぽろりと明美が言った言葉に、真奈美と亜美は顔を見合わせた。 「俗にいうブラコンってやつ?」 「そうそうブラザーコンプレックス。私たちの結婚式のとき、わあわあ泣いてたもん」  真奈美に言われて、明美は笑いながら答えた。  真奈美にも亜美にも叔母の気持ちはわからなかった。二人姉妹、男兄弟はいない。  この家の中で、男性は洋一ひとりだった。おまけに孫まで女の子。亜美の夫である高橋正道は商船に乗っている。この家に来ることもあまりなかった。  3対1、それが4対1になったことを父はどう思っていたのだろうと亜美は考えてみる。 「ブラコンって言われても、はあ?って感じだよね」  亜美の言葉に真奈美も笑う。 「ブラコンなんて言葉さ、もっとこうイケメンの兄弟に対して感じるものだと思ってた」 「お父さん、スタイルはいいじゃない」  笑いながら言った二人の言葉に反対するように明美が割って入った。  洋一は身長178センチ。歳のわりにはお腹が出たりもしていなかった。
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