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「なんかさ思い出したけど、いつもこんな感じだったよね?子どもの頃から。夕飯のあとさ、私たち三人がずっと食卓で話してて、お父さん一人ソファーに行って新聞読んでた」
ポテトチップスをつまみながら言った真奈美の言葉に、亜美の脳内にもあの頃の光景が鮮やかに蘇る。
「凛が産まれてからは、新聞の代わりに凛を膝に抱いてたね。お父さん、どう思ってたんだろ? 凛ができても男ひとりでさ」
ビールを飲んだ亜美は左側に首をひねった。凛がクレヨンで描いた判別もできない洋一の絵が飾られている。
「女の子で良かったって言ってたよ。『男の子の扱い方はわからんから』って」
「知らなかった」
明美の言葉に驚きながら、亜美はまた仏壇を見る。
子どもの頃からあった大きな仏壇には、物心ついたときには祖父母が祀られていた。今は父もそこにいる。
凛の絵の隣には小さな陶器の梟がある。
明美の言葉に亜美と一緒に仏壇を見た真奈美の目は、陶器の梟を見つめていた。
あれは高校の修学旅行の陶芸体験で真奈美が創ったものだ。
みんなが皿や湯飲みを作る中で真奈美は一対の梟の小さな置物を作った。みんなに「変わっている」と言われたけれど、配られた土を見て咄嗟にそれが作りたくなった。思えばあれが自分が陶芸の道を志したきっかけかもしれないと真奈美は思っている。
両親への土産代わりの置物が届いた日、「もっと実用的な物を作ればいいのに」と笑った母に、
「梟は日本では『福来』とも書いて福が来ると言われている。中国では『福龍』、こちらは福を纏めるという意味を持つ。素晴らしい選択だ」
父はそう言って真奈美に向かってにこりと微笑んだ。「ありがとう、大事にする」というくすぐったい言葉と共に。
妹の亜美が先に結婚することになったときに、伴侶を持たない自分の人生について考えていた。縁側で座ってぼうっと庭を見ていた真奈美に、いつの間にか近くに来ていた父が缶ビールを差し出してくれた。
縁側で二人で缶のままビールを飲んだ。
つまみもなくビールを飲みながら、父は「おまえが思うように生きろ。それでいい」
そう言葉少なに言って、庭の紫陽花を見ていた。
夏になる前の湿気の強い日だった。空気に溶けている水分を感じながら、真奈美は何も言わずただ父の横顔を盗み見ていた。
紫陽花を見つめて黙々とビールを飲む父を見てから白い花房に視線を移したとき、こんな季節のなかで精一杯咲く花の凛とした美しさに気付いた気がした。
(あのときは、コップに入れろって言わなかったな、お父さん)
今でも真奈美は創作がうまくいかないときには、あの日の紫陽花と父の言葉を思い出して、次に向かう糧としている。
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