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「亜美、今日は泊まっていくんでしょ?じゃあ、ノンアルでなくていいね」
亜美の返事を聞く前に、真奈美が冷蔵庫から3缶のビールを出してテーブルの上に置く。
「お姉ちゃん、声大きいって。凛、やっと寝たんだから」
奥の部屋からキッチンに入ってきた亜美は、声を落として言うと3本のビールをトレイに乗せて階段を上がった。
特に香りを作っているわけではないのに、実家はいつも特別な匂いがすると亜美は思う。懐かしいような古くさいようなその匂いが、彼女は好きだった。
古い建物特有の匂いに、秋になれば金木犀の香りが混じる。
亜美が子どものころは、植木職人に剪定を依頼していた玄関横にある大きな金木犀の木は、彼女が大学生の頃から洋一が自分で剪定をしていた。
(植木屋さんに頼んでいた頃は綺麗な丸になっていたのに、お父さんが高枝切鋏で剪定をしだしてからは不格好だ)と亜美は思っていた。
洋一自らの剪定は節約だったということに亜美が気が付いたのは、自分自身が結婚して家庭を持ってからだった。
二階の和室の襖を開けると、姉妹の母 明美が座卓の前に座布団を三枚並べていた。座卓の上には、蓋を開けたお菓子の箱がある。並んだ饅頭は二つ減っていた。
「千恵子叔母さん、またそのお饅頭持ってきたの?」
亜美の声に明美は笑った。
「もうずっと前からだもん。あなたが産まれる前から、千恵子さんと言ったら、このお饅頭。なんかお父さんとの思い出でもあるんじゃない?」
洋一の妹、大森千恵子は14時すぎに帰った。
叔母にとってもここが実家であることに、亜美は初めて気が付く。
亜美がまだ小さな頃に祖父母が亡くなったあと、後を継いだ長男の洋一家族がそのまま住んでいる。
両親ともいない実家というのは、どんな感じなんだろうと亜美は考えてみた。自分がこの家の匂いを懐かしいと思うように、千恵子叔母さんも懐かしいと思ったのだろうかと。兄の家族だけが住んでいる場所であっても。
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