420人が本棚に入れています
本棚に追加
第20話【それから】
「エリス様! 足元にお気を付けください!! 裾を踏まれていますよ!」
「まぁ。カリナ。二人っきりの時は様は要らないっていつも言ってるじゃない」
私は顔にかけたヴェールの奥から、カリナに不満の目線を向ける。
しかし、そんな目線を無視するかのようにカリナは平然と言い放つ。
「いいえ。今日という日が来たからには、今までのようには行きませんよ。エリス様は私の主になるのですから」
「えー。そんなふうに言うなら今日のイベントはやっぱりキャンセルしようかなー」
私の軽口に、カリナは慌てた顔をみせる。
それが可笑しくて、私は笑ってしまった。
「大丈夫だよ、カリナ。エリスは悪い冗談言ってるだけだから。僕が言うんだから間違いない」
「まぁ! エア様には感謝しないといけませんね。私はアベル様の前でこれ以上ない謝罪を申し出ないと行けないところでした」
「あはは。そうそう。冗談だよ。ごめんね。お詫びに今度新しく出来た、【マカロン】っていうお菓子のお店に食べに行こうよ」
「まぁ。それはエリス様が食べに行きたいだけじゃないですか?」
私のせっかくの申し出に、何故か不満そうだ。
「えー。じゃあ、カリナは食べたくないの? しょうがない。カリナは行かないのかぁ。残念だなぁ」
「え!? いえ! もちろんお供させていただきますよ!!」
「あはは。ごめんごめん。からかったりして。でも、こうでもしないと緊張しちゃって」
「まぁ……エリス様はいつも通りに振舞っていれば問題ありませんよ」
そう言われて私は少しだけ肩の荷が軽くなった。
カリナに長いドレスの裾を持ってもらいながら、みんなが待つ広場へ向かう。
私がたどり着くと、そこにはすでに多くの人たちが待っていた。
だけど、まさかロイズ王子まで来てくれているとは思わなかった。
「やぁ。綺麗だね。惜しいことをしたな。アベルより早く出会っていれば、私にもチャンスがあったのかな?」
「な、何をいうんですか。殿下。冗談はそのくらいにしてくださいね」
「あっはっは! この国きっての天才錬金術師となれば、どこへ出ても引く手数多だろう。アベルは全く果報者だ」
「そのくらいにしてくださいね。エリスが困ってるじゃありませんか」
王子と話していると、アベルが近寄ってきた。
その顔には少々不満が滲んでいる。
アベルの姿を見て、私はついつい見惚れてしまった。
漆黒の髪と大きな瞳、それとは対照的な純白のタキシードを着こなしているアベルは一層素敵に見えた。
「エリス、殿下は人をからかうのが生きがいなのだから、まともに取り合ってはいけないよ?」
「あっはっは。これは参ったな。まぁ、今日の主役はお前たちだ。少しくらいの暴言は多めにみよう」
「さぁ、エリス。こっちだよ。みんな新婦の登場を心待ちにしている……エリス?」
「あ、は、はい!」
見惚れていたままの私にあべるが声をかけていたようだ。
そんな私を見て、三人は声を出して笑う。
「あはは。なんだい。緊張しているの? 大丈夫だよ。いつも通りにしていれば」
「緊張してたんじゃないよ。ただ、アベルに見惚れてただけ」
カリナと同じことを言うアベルに、私は思わずそんなことを口にした。
すると、アベルは顔を真っ赤にしてしまった。
それを見た王子がさらに笑う。
「あっはっは。全く。エリスが居ると、面白いアベルが見られて飽きないな。二人とも仲良く暮らせよ?」
「はい! 殿下」
私は元気よく返事をすると、アベルに手を取られ、広場の中央に進んでいく。
周りの人々たちからたくさんの花びらが頭上へとまかれた。
「おめでとう! アベル様!」
「おめでとう! 錬金術師様!」
集まった人の中には、私が錬金術師として正体を明かして生活することを決めてから、役に立つことができた色々な人たちもいるようだ。
私はこの国に来てから自分がしてきたことを誇りに思いながら、最愛の人と結ばれる今日という日を迎えることができた。
思えば、あの日追放された時、エアは何も言わなかった。
きっと今日という日が来ることを知っていたのだろう。
追放されなければアベルと会うことも、こうやって多くの人の役に立つことも出来なかった。
今思えば、追放されて良かった。
ただ、一つだけ気がかりなのは、サルタレロが大飢饉に見舞われてしまったと噂に聞いたことだ。
そのせいで人々のせいかつは困窮し、今まで豊かさにあぐらをかいていた王政に不満が集中したのだとか。
結果、急死したサルベー王の後を継いだサルーン王は、内乱の最中にその若い命を散らしてしまったらしい。
その後も色々あったみたいだけれど、アベルの話によると、ロイズ王子つまりこの国が介入し、サルタレロはこの国の属国になるのだとか。
「それにしても、なんで俺とカリナだけ、エアが見えたり話ができるようになったんだろうな?」
「私も分からないけど、私はすごく嬉しいよ!」
アベルの言葉に私は声を弾ませて答える。
当の本人であるエアは、相変わらずの定位置である私の右肩ですまし顔だ。
左肩に居るサラマンダーとは、まだ私も話すことができないけれど、エアの話によるとそのうち話せるようになるらしい。
そんな話をしていると、この国の婚姻の証である、愛の誓いが始まった。
「アベル。汝、エリスを妻とし、永遠の愛を誓いますか?」
「誓います」
先にアベルが宣誓する。
続いて私の番だ。
「エリス。汝、アベルを夫とし、永遠の愛を誓いますか?」
「誓います!」
元気よく答えた瞬間、私は身体ごとアベルに強く引き寄せられ、そして唇に熱く柔らかな感触を感じた。
国を追放された聖女の私は、隣国で天才錬金術師として、愛する人と共に【幸せに】暮らしていくようです。
最初のコメントを投稿しよう!