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第6話【効きすぎる薬】
「それを用意してもらった小瓶に詰めて封をしたらお終いだよ」
「うん! やってみたけど、結構簡単ね。確かにこれなら私にも出来そう」
「うーん。まぁ。やらせてみてこう言うのもなんだけど……まぁ、しょうがないよねぇ。こればっかりは」
「え? なに? なんか問題?」
問いかけてみたけれど、エアはだんまりを決め込んでしまった。
私は首を傾げつつ、せっせと瓶詰めを進めていく。
この時、エアの違和感にきちんと気付いていれば、あんなことにはならなかった。
しかし私は初めて薬を作ったことが嬉しくて、鼻歌交じりで瓶詰めをしていたのだ。
☆
「早速作ってくれるなんて! 助かるよ。それで、かなり沢山あるけれど、これはどんな薬なんだい?」
「えーっと、傷や怪我を治すことが出来る薬よ」
『……で、いいんだよね?』
『うん。間違ってないよ』
瓶詰めが終わった薬を見せるために、カリナを呼んだところ、ちょうどアベルも時間が空いたと着いてきた。
そこで、アベルに向かって薬の説明をしている。
「材料としてお渡ししたのは、マスロー草とナブラの実のみです。他に様々な器具をお貸ししましたが……」
「うん。どちらも薬の原料としてはごく一般的な材料だね。うちでも多く取り扱ってるから、それだけで作れるならありがたい」
「問題は効能ですが、かなり小さな瓶をご所望でしたので、このようなサイズになっています」
「うん。小さいね。これは飲むのかな? それとも傷に塗るの?」
そう。エアが言った瓶のサイズをそのまま伝えたのだけれど、私が見てもすごく小さいと思う。
私の人差し指くらいの大きさだ。
そんな小さい瓶に詰めたおかげで、煮詰めた後なのに何本も薬ができていた。
この量で何が出来るのか、本当に効くのか我ながら心配になる。
『エア! 作った薬って、飲むの? それとも塗るの!?』
『どっちでもいいよ。全身に弱い傷なら飲めばいいし、深い傷があるなら塗ればいいさ』
『分かった!』
「アベル。その薬はどちらでも使えるの。小さな無数の傷なら飲めばいいし、深い怪我をしたのなら塗ればいいのよ」
「へぇ! そんな薬は初めて聞いたな。早速試して見たいところだけど……」
「ダメですよ。アベル様。ご自身でお試しになろうとしたでしょう。万が一この薬に大した効果がなかったら、どうなさるおつもりですか?」
「あはは。鋭いな。カリナは相変わらず。でもねぇ。怪我をした人なんて、そう都合よく――」
アベルが言いかけた途中で、屋敷の外から大きな何かが倒れる音がなった。
聞いた事のある男性の叫び声と、辺りが騒ぎ始めたのが聞こえてくる。
アベルが部屋の窓を開け事態を確認する。
「どうした! 何があった!?」
「あ! アベル様! 大変です!! エドワードが運んでいた荷物が崩れて!!」
その言葉に私も窓に近付き覗いてみると先ほどカリナと一緒に荷物を運んでくれたエドワードが、荷物の下敷きになっていた。
他の屋敷の人たちが慌てた様子で荷車から崩れた荷物を退けているが、かなりの重量のようだ。
「大変です!! エドワードの脚が!!」
「なんだと!?」
どうやら脚の上に落ちた荷物のせいで折れてしまっているようだ。
あのままでは完治まで長い時間が、もしくは下手をすると治らないかもしれない。
『どうしよう!? エア! 聖女だってバレるけど、治しにいってあげたい!!』
『うーん。エリスならそう言うと思ったよ。一応ね。それもあってのあの薬だからね……』
『なんのこと!?』
『エリスの性格とこの国のことを考えたら、こっちの方がまだマシかなってこと。今作った薬をさ。彼の脚にかけてあげなよ』
いまいちよく分からないけれど、エアは間違ったことは一切言ったことがない。
今回もそうだろうと、私は薬の瓶を持ち、アベルに声をかける。
「この薬を脚に塗ってあげて! 速く!!」
「なんだって!? ……分かった。おい! この薬をエドワードの脚に塗るんだ!」
外にいる一人が、窓を通してアベルから薬の瓶を受け取る。
そして痛みのためか苦悶の表情を見せ、呻き声を上げるエドワードの折れた脚に薬を塗った。
「ぐぁああ! ……なんだ? 痛みが急に……」
「おい! 大丈夫か!? 今アベル様からいただいた薬を塗ったからな!!」
突然のエドワードの変化に周囲に居た人たちも固唾を飲む。
そして、エドワードがなに事もなかったかのように、折れた脚でしっかりと立ち上がったのを見ると歓声が上がった。
☆☆☆
~その頃王都では~
「ローザ様! 大変です!! 王が! サルベー国王が倒れました!!」
「なんですって!?」
結局サラマンダーを見つけることが出来ないまま、ローザが悶々としている所に、凶報が舞い込んできた。
サルベー国王が病に倒れたと言うのだ。
しかし国王を始め、周囲の重鎮たちは楽観視をしていた。
そのための聖女、ローザがいるのだから。
【紅の聖女】であるローザは、四大元素の一つ火の精霊に愛された女性である。
聖女はその精霊力を使い、数々の奇跡の御業と呼べるようなことを成すと知られていた。
縁を持つ精霊の種類によって、得意なことには偏りがあるものの、得てしてそれは治癒の効果をもたらすとされているのが、この国サルタレロの一般的な知識だった。
現にローザも、今まで何度もサルベーに治癒を施してきた。
中でもローザが得意とするのは、病魔や毒などを身体から消滅させることによる治癒だった。
だから今回もローザが治して事なきを得ると、みなそう思っていた。
「どうすればいいのよ!? サラマンダーが居なくちゃ、精霊力を使えないじゃない!!」
ローザは狼狽えるものの、まさか自分からそのことを明かす訳にもいかず、時間稼ぎをした。
サラマンダーが見つかりさえすればなんとかなる、そう自分に言い聞かせ、見つかるはずもないかつてのパルを探し回った。
そうしているうちにサルベーの容態は刻一刻と悪化し、やがて巷では、サルベーが聖女に見捨てられたとか、聖女が力を失ったなどの噂が流れ始めた。
ローザはその噂に苛立ちながらも、必死の形相で城中を駆け回りサラマンダーを探したが、ついに見つかることはなかった。
「ローザ様。サルベー国王が先ほどご崩御されました」
「なんですって!?」
「誠に残念ですが……それで。ローザ様、元老院がローザ様の諮問を実施すると仰せです。ご同行願えますね?」
「いや……とは言えないみたいね……」
ローザの部屋に報せを持ってきたのは、いつもの侍女ではなく、帯剣した騎士たちだった。
その騎士に一人、口を開いていた男が一度だけ深く頷く。
今上聖女であるローザがその責務を果たさず、国王であるサルベーが逝去したのだ。
なぜ再三の要請を拒み、国王への治癒を施さなかったのか、弁明の機会と言うよりは断罪の場として呼び出されたのだろう。
もしここで拒めばこの場で切り捨てられる。
それを理解したローザは、諦めの気持ちで騎士たちに挟まれたまま、元老院の待つ広間へと、とぼとぼと足を進めていく他なかった。
こうして蒙昧な愚王は、自らの過ちにより、生涯に幕を閉じた。
そして、そのきっかけを作った当の本人も、自らの目論見とは裏腹な結果を、自身に招くことになったのだった。
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