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第12話 本物の化け物
早朝5時21分。
朝日が少しだけ昇っている時間帯に山脈に響いたのは、大きな悲鳴と、パーンという音だった。
テントから出て来たのは、噴火するのではと思うほどに真っ赤な顔をしたマリアで、その後を追うようにして、リューがテントから出て来る。
「どうしたんです、大丈夫ですか?」
「その言葉は俺にかけるべきだろうな」
最後にテントから出て来たのは、頬に真っ赤な手形を付けてる上半身裸のマスターの姿だった。
左頬にくっきりと真っ赤な手の跡が残っている。
「何があったんです?」
「いや、事故だったんだよ。 起き上がろうとした時につまづいて新人の上に覆い被さったみたいな体制になって避けようとした時に新人が起きた」
「それで驚いたマリアさんにビンタされた、と」
二人の会話を聞いていたマリアはパタパタと顔を煽っていたがマスターの前に行き頭を下げた。
「す、すみませんでした!」
「別に構わないが・・・・・・お前少し加減しろ、今まで何度も女に殴られたがこんなに痛いのは初めてだ」
頬を抑えながらそう言うマスターに罪悪感が込み上げてきたマリアは大きく溜息をつきしゃがむ。
(半分はマスターさんが悪いけど、半分は完全に私が悪かったよね・・・・・・なんであんなに勢い良く叩いてしまったのか今でも分からないし・・・・・・。)
まぁ、カッコ良かったからだろう、と思う。
リューやレイと比べてしまえば駄目なんだが基本的にマスターもカッコ良い、普通にカッコ良い。
そして体格もめちゃくちゃに良い。
そんな、顔良し、体格良し、の人が自分の上に居たら誰でも驚くはずと言い訳じみた事を考える。
「まぁ、ハプニングはあったが・・・・・・ちょうど、このくらいの時間に化け物の声が聞こえるらしい」
「どんな声なんです?」
「それは、」
そこまでマスターが言った時の事だった。
どこからか黒板を引っ掻いた時のような不快な鳴き声が聞こえてきて3人は急いで耳を塞いだ。
(なんなの、この声!? 凄く頭に・・・・・・っ、ずっと聞いてると頭おかしくなりそうなんですけど!)
少しすると鳴き声がピタリとやんだ。
「レイ、どこから声聞こえてきた?」
マスターの声に反応して眠そうに欠伸をしながらテントから出て来たレイは向かい側を指差した。
「ここから5キロくらい先の川辺・・・・・・」
「良くやった、行くぞ!」
くしゃと軽くレイの頭を撫でてからマスターは何の前触れもなくマリアの首根っこを掴んだ。
「掴まってろ──化け物とやらに会いに行くぞ」
ニヤッと楽しそうに微笑んだマスターに嫌な予感を感じてグッと強く服を掴んで歯を食いしばる。
それと同時にガッと地面を蹴る音がした。
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それから5分程だった頃だろうか。
地面にそっと降ろされるのを感じて目を開ければそこには不気味という文字の似合う生物が居た。
いや・・・・・・あれは生き物なのかすら分からない。
体長は10メートル、長さだけなら海蛇、だがその巨体に似合わない小さな足が所々に付いていて、身体中のあちこちに気持ち悪い目玉が付いてる。
(これならあのアイワンとかいう生き物の方がマシかもしれない・・・・・・吐き気が込み上げてくる)
「アイツはスリン、様々な謎が残された生き物だから連れて帰れば上からの評価が格段に上がる」
「あ、あの、化け物を?」
「──あの2人の方がよっぽど化け物だ」
マスターの視線の先にはリューとレイが居て、リューは真っ白な炎を、レイは真っ黒な炎を。
徐々に形を変えていく2つの炎は次第に大きめのナイフの形になり、リューは1度立ち止まると隣を歩くレイに微笑みかけながら問いかける。
「どこが良いですか?」
「・・・・・・前」
「だったら私は後側を」
それだけの会話をすると2人はスリンの元へと一瞬で移動すると躊躇いもなく全ての足を切った。
甲高いスリンの鳴き声を真近くで聞いているというのに2人は全くと言って良いほど気にしてない。
レイは相変わらずの無表情だが、リューは出会ってから今まで、見た事がないほど楽しそうに口角を上げていて、マリアは嫌な考えに到達する。
(も、しかして・・・・・・楽しんでる? あのスリンとかいう化け物の出す悲鳴を聞いて楽しんでるの?)
「言ったろ、リューの方が危険だと」
来たばかりの頃に言われたマスターの言葉を思い出してマリアの全身から血の気が引いていった。
「アイツは正真正銘の化け物、普段がどれだけ穏やかだとしても、アイツが化け物なのを忘れるな」
「・・・・・・は、い」
絞り出した声は僅かに震えていた。
『長くて言い辛いでしょうからリューと呼んでください、宜しくお願いします、マリアさん』
(穏やかな物腰、天使のような笑顔・・・・・・そのどれもがリューさんであって、リューさんではない)
その事実を突き付けられマリアは息を飲んだ。
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