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最終話 満たされる心。
「明日、晴れたら、ウクを連れて公園に行こうぜ」
「……そうだな」
「雨、止むといいな」
「……」
アルバンからの返事がない。
「寝ちまったのか?」
尋ねてみたが、やはり返事はない。顔を覗き込み完全に寝入ってしまったのを確認した銀而は、鼻先を近付けアルバンの肌をくんくんと嗅ぎ回る。乳臭い匂いが鼻腔を擽り、興奮状態に陥ってしまったムスコが頭を擡げ始めたのを合図に、脳内で欲望と理性の闘いの火蓋が切って落とされた。
素股が駄目でも手扱きぐらいなら……。匂いを嗅ぐだけ、お触りはなしにするからいいよな?
一度した約束を覆すなんて、雄として情けないと思わないのか? 絶対に駄目だ。
無茶なおねだりをなけなしの理性が受け容れてくれるはずもないと、分かってはいた。しかし、ここで易々と引き下がってしまっては雄の名折れ。欲望は説得を試み続ける。
考えてもみろよ。目の前に好物がぶら下がってたら喰いたくなるのが雄ってもんだろ。勃ったら出さなきゃ身体にも悪いし、挿れずに我慢しようってんだから、立派なもんじゃねぇか。 押し切ろうとする欲望に対し、理性も負けてなるものかと反撃に打って出る。
ウクを二度と抱っこできなくなるんだぞ? アルバンにも確実に嫌われるだろうな。一時の快楽と引き換えに全てを失っても構わないってんなら、どうぞご自由に。
理性に会心の一撃を喰らいぐうの音も出なくなってしまった欲望は、股間と共に瞬く間にしゅるしゅると萎み、遂には白旗を上げた。
嫌われたら元も子もねぇしな……。大人しく寝るとするか。
すごすごと引き下がろうとした刹那、アルバンが急に寝返りを打ち、思い掛けず向かい合わせの体勢になってしまった。銀而の理性は一瞬にして遥か彼方に吹っ飛び、煩悩が再び息を吹き返す。
折角、諦めてやろうとしたのに、誘惑されたら応じるしかねぇよな。このっ、小悪魔アルちゃんめ。
今度こそはとにやけ顔で事に及ぼうとする銀而だったが、アルバンの寝顔を見て、はたと動きが止まる。
しばらく静止状態が続いた後、銀而は自分の頭に手をやり軽く掻いてから、脱ぎ掛けのハーフパンツを定位置に戻し、ふぅと息を吐いた。
「……気持ち良さそうに寝やがって。そんな安心し切った顔をされちまったら、何もできねぇじゃねぇか」
恨めしげな言葉とは裏腹に穏やかな表情でアルバンの寝顔を眺めながら、少しボサついている彼の髪を指で優しく梳く。
「おやすみ、アル」
小声でぽつりと呟き、頬に唇をそっと押し宛ててから、銀而は満足げに目蓋を閉じた。
アルバンの規則的な心音と温かな体温を間近で感じ、心が満たされていく。そうしていつしか、深い眠りへと落ちていった。
数分後、寝た振りをしていたアルバンが自分の唇に口付けを落とし幸せそうに微笑んだ事を、熟睡してしまった銀而は知る由もない――。
「おやすみ、銀而」
〜Fin〜
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