19人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
01
午後二時、俺はダルい体を起こして、ようやく布団から出た。
疲れていないのに、体が起きるのを嫌がっている。
まず目に入る四畳半一間の部屋には、近所のスーパーで買ってきた菓子パンのゴミや、飲みきった紙パックの甘いコーヒーが幾つも転がっている。
腹が減った俺は手を伸ばして、まだビニールが破れていないパンの袋を取り、中身を口へと放り込んだ。
まあ、いつもの味だ。
前はよくインスタントラーメンを食べていたが、それがいつしかカップラーメンへと変わり、終いにはお湯を沸かすのもかったるくなって、より楽なものを選んだ結果が菓子パンだ。
安い、美味い、甘いの三拍子もついてるしな。
だが、ごく稀におにぎりも買ってみるが、いちいち海苔を巻く工程が面倒で、やはり菓子パンを選んでしまう。
世の中はドンドン便利になっているのなら、まずは食い物をもっと楽に摂取できるようにしてほしいものだ。
と思ったが、何が変わっても結局自分は菓子パンを食べている気がする。
たとえ世界が変わろうが滅亡しようが、俺は何も変わらないだろうな。
ああ~いっそのことこの世がドラクエみたいにモンスターが出る世界になればいいのに。
そうすれば経験値と金を稼いで、誰もが勇者になれる。
……なんてな。
いい年こいて何を考えてんだが、俺は……。
そんなこと起きるはずないじゃないか。
そもそもコミュニケーション障害の俺が勇者になってどうする?
魔王から世界を救うか?
いや、救わない。
逆に俺は自分の嫌いな奴を皆殺しにして回るだろうな。
ミナデインとか使って……。
いや、その魔法は一人で使えなかったっけ。
元気玉もそうだけど、最後はみんなの力でとかそういうのって、俺みたいな人間からすると嘘くさく感じるんだよな。
人間同士なんて所詮、損得でしか繋がらないんだから。
仲間仲間いってる話はつまらんよ。
そう思いながら俺は、口の中に入れた菓子パンをゴクッと飲み込んだ。
そういえば、もうまともな料理なんて親が死んだ数年前から食べていない。
……いや、数十年前だっけ?
まあいい、ともかく人が調理したものなんてもうずっと食べていない。
それどころか、俺は他人と会話すらしていない。
いや、したな。
こないだ夜にスーパーへ行ったときにレジで、「当店のポイントカードはお持ちですか?」と訊ねられて「いいえ」と答えたときだ。
俺の近所には何故かスーパーとコンビニが多い。
それはもう戦国時代、群雄割拠というくらいにだ。
それで俺は、意図的に買い物へ行くところは変えている。
距離もほとんど同じだし、大して苦にはならない。
うん? 何故店を変えるかって?
答えは簡単だ。
それは、店員に顔を覚えられないようにするためだ。
さっきのレジの話に戻るが、その若い店員――おそらく学生のアルバイトかなんかだろう、たまに顔を見る女だった。
その女の顔をチラッと見ったとき、明らかに俺のことを笑っていた。
おそらく見た目でわかったのだろう。
見るからに引きこもりのオーラを放っている俺を見て、つい営業スマイルが嘲笑へと――つまり本音が顔に出てしまったのだ。
ここまで気を使って店を変え、覚えられないようにしているというのに、やはり女って生き物は油断ならん。
連中はすぐに人の悪いところを探しだし、そのことで仲間とコミュニケーションをとる最悪の生物だ。
それに人のことを見た目で判断し、さらには金がないブサイクのことは人間扱いをしないのだ。
俺は学生時代からずっと女が嫌いだ。
それは、大学を卒業して社会に出ても、風俗で童貞を捨てても同じだった。
えっ? 女が嫌いなのに何で風俗へ行ったのかだって?
……そう、そこなんだ。
女が大嫌いなはずの俺は、昔ソープランドへ行ってしまったんだ。
先に言っておくが、これから話すことはけして言い訳ではない。
いいか、もう一度言う。
断じて言い訳ではない。
そもそも俺は言い訳などしたことがないんだ。
……言い過ぎた。
話を戻そう。
俺はまともな人間であるがゆえに、本能という欲求――つまるところの性欲があるという苦しみに耐え続けている。
嫌いな女という生物とエロいことしたくてしょうがないという衝動が、今でもずっと俺を苦しめているんだ。
あぁ、なんて不条理なのだろう。
自分が嫌悪する対象に興奮してしまうなんて……。
俺はそう思うと、ふいに性的衝動が湧き上がってきた。
まあ、いつものことだ。
早速ティッシュを用意し、ダラダラとパンツを脱いで、スマートフォンに入っているエロ動画を見ようとすると――。
「チィ~ス」
と聞こえ、顔をあげると、そこにはスーツ姿の若い女が立っていた。
最初のコメントを投稿しよう!