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02
これは悪い夢か何かか!?
何故だ!?
何で俺の住むアパートの部屋に若い女がいるんだ!?
しかも勝手に入ってきてやがる!
「おっさん、どうでもいいけど。パンツくらい穿いたら?」
冷たい視線を俺に向けてきた若い女にそう言われて、慌ててパンツを腰まであげる俺。
大事なものを隠すと、俺は改めて考えた。
これはあれか、新手の宗教勧誘か?
それともまさかのハニートラップというやつか?
いやいや、両親が生きてる頃から自分の部屋から出ず、そして死んだ後に残された財産をすべて金に替えて、安アパートで仙人のように暮らしている俺を騙して手に入れる金なんてたかが知れている。
それに俺はもう何年も、いや何十年か? ともかく人と関わっていない人間だぞ。
そんな俺のところへ、この女は一体何をしに来たんだ?
若い女の目的が全くわからない俺は、さっさと警察に連絡するか、自力で追い出すかすればよいものの、うまく言葉が出てこず、しどろもどろになっていた。
女はそんな俺のことを、ずっとつまらなそうに見ているだけだ。
それにしてもいい匂いがする。
もう一度言う、目の前にいるスーツ姿の若い女から、言葉にすることができないとてつもなくいい匂いがする。
これはあれだ、雌という生物が放出するという毒だ。
まずい、非常にまずいぞ。
若い女から出される香り――つまり毒に犯され始めた俺の頭に、ふとある考えがよぎった。
……そうか。
この女はあれだ。
最悪の俺に、とびっきりの天使がやってきたってやつか。
昔好きだった映画……。
ほら、あれだよあれ、ヴィンセント·ギャロのやつ。
そう『バッファロ―66』だ。
冴えない人生を送るダメ男が、優しい天使のような女と出会う――。
引きこもりで無職のコミュ障の中年男の前に舞い降りる天女――。
ついに俺にもそんな奇跡が起こったんだ。
……って、そんなわけあるか!
そんなミラクルが起きるわけないだろう!
そんな村上春樹や古谷実みたいな話があってたまるか!
連中の作品に出てくるような、無条件でダメな男を愛す女なんてこの世の中にいるはずがないだろう!
そりゃ俺だって若い頃は信じていたさ。
そういう冴えない男のことを好きになるヒロインが出てくる作品が好きで好きでしょうがなくて、現実にも起きるんだって思っていたさ。
でも、そんなことは絶対に起きないんだよ。
地元で小、中、高と学校に馴染めなかった俺だったが(ちなみにイジメられていたわけではない)、大学入学を機に生まれ変わろうとした。
そう――。
彼女を作って楽しいキャンパスライフを送ろうしたのだ。
だか、現実は甘くなかった。
とりあえず恋人を作る近道として、俺はサークルへ入ろうとした。
だか、スポーツ系――簡単に女とヤれると聞いたテニスサークルには怖くて行けず――。
文化系――文芸部に入ってみたが、誰とも話題とか色々と合わず、結局行かなくなってしまった。
いや、頑張ったんだよ俺。
メチャクチャ明るく振る舞ってたんだよ。
誰からも好かれるようにいつも笑顔を絶やさず、みんなが大好きな流行っているお笑い芸人のネタを真似したりとかさ。
サークルメンバーが盛り上がって話していることとかもネットで調べたりして、率先して知らなそうな情報を教えてやったりとかさ。
スゲェ努力したんだよ。
それなのに奴らは、ある日突然俺のことを無視し始めやがったんだ。
最初は気のせいだと思った。
話の流れとか、俺の声が聞こえていなかっただけとか。
でも、連中が隠れて話しているのを俺は聞いてしまったんだ。
『あいつ、空気読めなくない?』
『なんかやることなすこと寒いんだよ』
『こっちは笑ってないのにずっと同じギャグを言うとか、正直ウザい』
どうせお前らも俺と対して変わらない大学デビューのくせに……。
暗い高校時代を過ごしていたくせ……。
そうなんだ……。
俺のことをずっとバカにしてやがったんだよ、連中は!
「お~い、何黙ったままイラついてんだよ? つ~かあんた、あたしの話聞いてなかったろ?」
いつの間にか昔のことを思い出して怒り狂っている俺を見て、目の前にいた若い女が呆れている。
そして、女は大きくため息をつくと、俺のことをじっと見つめ始めた。
「でさ、あんたこれから死ぬんだけど」
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