03

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俺が死ぬ? この女は何を言っているんだ? 人の部屋の勝手(かって)に入り込んだ上に、そんな暴言(ぼうげん)まで()きやがって、一体(いったい)何様のつもりだ。 俺は、女があまりにもおかしなことを言うので、感情に(まか)せて(わめ)()らした。 他人に向かって大声を出すなんて久しぶり過ぎて、酷い不恰好だったなと、我ながら後になって思った。 だが女は、両耳(りょうみみ)両手(りょうて)(ふさ)ぎ、面倒(めんどう)くさそうな顔をしてこっちを見ているだけだった。 (ひさ)しぶりに怒鳴った俺は、すっかり息切(いきぎ)れを()こしてしまい、ただハアハア言っていると――。 「しょうがないからもう一度最初(さいしょ)から言うよ。あたしは(たましい)(はこ)ぶ仕事をしてる」 そして、息を切らすを俺に向かって、スーツ姿の(わか)い女はメフィ―と名乗(なの)った。 彼女は何でも霊界(れいかい)から仕事で、俺の家にやって来たと言う。 本来(ほんらい)なら事務(じむ)仕事が担当(たんとう)なのだが、現在(げんざい)の霊界はあまりの(いそが)しさで人手が()りず、彼女はいやいやながらも現場に(まわ)されてしまったようだ。 それにしても霊界ねえ。 なんだ、やっぱり宗教勧誘(しゅうきょうかんゆう)だったのか。 それにしても人のアパートの部屋に(だま)って入って来るなんて、ずいぶんと強引(ごういん)勧誘活動(かんゆうかつどう)だな。 俺が(こころ)の広い人間じゃなかったら警察(けいさつ)()んでいるところだぞ。 彼女――メフィ―は苛立(いらだ)った表情(ひょうじょう)で話を続けていたが、俺は何を言われてもよくわからない宗教に入る気はなかったので、シッシと手を()って帰るように()げた。 だが、メフィーは……というかなんだよメフィーって。 ウルトラ兄弟(きょうだい)長男(ちょうなん)かよ。 ふざけた名前はあれか、神から(いただ)いた(せい)なる名前とかそんなのか? 「だから話を聞けよ、おっさん」 それでもメフィーは威圧的(いあつてき)に俺を見たまま、一向(いっこう)に帰ろうとはしなかった。 そのときの彼女の(すご)迫力(はくりょく)に、気がつくと俺は(ふる)えてしまっていた。 こんな若い姉ちゃん相手に、ビビる俺……。 (われ)ながら(なさ)けない……。 「い、いいから帰ってください。け、け、警察を呼びますよ」 その上、やっと出てきた言葉が、警察って……(しかも敬語(けいご)になってしまっている)。 さっきの心の広い俺はどこへ行った……。 ドンッ! 突然衝撃音(しょうげきおん)()った。 いや、目の前のメフィーが俺の部屋の(かべ)(こぶし)(たた)いたのだ。 これが世間(せけん)でいう壁ドンか? それからメフィーは、(おび)える俺の(あご)をグイッと(つか)んで、自分の顔に(ちか)づける。 「いいから話を聞け」 俺は震える声で、宗教に入るつもりはありません。 無職(むしょく)なのでお金もありません。 だからもう勘弁(かんべん)してほしいと悲願(ひがん)した。 それにしてもいい(にお)いだ。 やはり女の匂いは、いろんな意味で(たま)らない。 「おっさん、あんたなんか勘違(かんちが)いしてない?」 メフィーはそう言うと、顎を掴んでいた手を(はな)して、その(てのひら)を俺に向かって(かざ)した。 すると、俺の(うで)――いや、全身がみるみるうちに毛で(おお)われていく。 自分の体に違和感(いわかん)を感じていると、メフィーはどこから出したのか、大きな(かがみ)をポンっと俺の前に()いた。 「な、なんだよこれ……?」 そこに(うつ)っていたのは、犬? (おおかみ)? いや、犬の顔をした狼――狼男だった。 俺は自分の姿を見ているはずのなのに、何故狼男が映っているんだ? この鏡は映る者すべて狼男にするのか? でも、この全身を覆っている毛の感触(かんしょく)はたしかに俺のものだ。 「おっさんが話聞いてくれないから、狼男にしてやったよ。さっきよりも男前が上がって()かったね」 まさかこの女がやったのか……(うそ)だろ!? 霊界とか魂を運ぶとか胡散臭(うさんくさ)いことを言っていたけど、もしかして全部本当なのか? 俺は元に(もど)してほしくて、メフィ―に(たの)もうとしたが、何故か言葉が(しゃべ)れない。 いや、狼になっているから「ワオーン」とか「ガオーン」とかしか言えないんだ。 こうなったらもうと俺が、両膝(りょうひざ)をついて(おが)(たお)すと、メフィーは鼻で笑う。 そして、今度は人差(ひとさ)(ゆび)を立てて振り、俺を元の人間の姿に戻した。 「お、お前……もしかして悪魔(あくま)か何かか?」 「現代(げんだい)で悪魔ってナンセンスじゃね? もっと他の呼び方はないのわけ? まあ、悪魔であっているんだけどさ」 うんざりした顔で言うメフィーだったが、俺がようやく彼女の話を真面目(まじめ)に聞き始めたので、少し(うれ)しそうだった。 悪魔が俺に()()りた……って、おい! 天使(てんし)じゃくて悪魔かよ!? そりゃある日突然ヒロインが現れてほしいとは思っていたけど、よりにもよって悪魔ッ!? いや、待てよ。 ってことは、さっき言っていた話は本当で俺はこれから死ぬのか……。 ああ……きっとこいつに(ころ)されるんだな……。 俺は(うつむ)くと、今まで自分の人生を振り返った。 運動も勉強もできず、他にも特別のめり込むような趣味(しゅみ)もない人生だったな……。 思い出せる記憶(きおく)はというと、大学で無視(むし)されたことくらいか……。 普通(ふつう)は、学校とかで不良(ふりょう)なら不良同士。 体育会(たいいくかい)系なら体育会系同士。 ガリ(べん)ならガリ勉同士。 オタクならオタク同士でつるんでグループを作るんだろうけど。 俺はどこへ行っても、どのグループにも入れてもらえなかった。 不良とか体育会系の連中は、ダサい俺のことなんか(まった)く相手にしないし。 ガリ勉連中は、頭の悪い俺なんかバカにしていたし。 オタク連中から見ると、俺はどうもウザくて空気が読めない奴らしいし。 今考えると、俺には恋人はおろか、友人と呼べる人間もいないじゃないか……。 そう思うと(なみだ)が出てきた。 俺の人生は、このまま何も()ないまま()わるんだ。 泣き出した俺を見たメフィーが大きくため息をついた。 そして、俺に顔を上げるように言うと、一枚の紙を差し出してくる。 「ねえ、おっさん。そう思うんならあたしと契約(けいやく)しない?」
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