19人が本棚に入れています
本棚に追加
03
俺が死ぬ?
この女は何を言っているんだ?
人の部屋の勝手に入り込んだ上に、そんな暴言まで吐きやがって、一体何様のつもりだ。
俺は、女があまりにもおかしなことを言うので、感情に任せて喚き散らした。
他人に向かって大声を出すなんて久しぶり過ぎて、酷い不恰好だったなと、我ながら後になって思った。
だが女は、両耳を両手で塞ぎ、面倒くさそうな顔をしてこっちを見ているだけだった。
久しぶりに怒鳴った俺は、すっかり息切れを起こしてしまい、ただハアハア言っていると――。
「しょうがないからもう一度最初から言うよ。あたしは魂を運ぶ仕事をしてる」
そして、息を切らすを俺に向かって、スーツ姿の若い女はメフィ―と名乗った。
彼女は何でも霊界から仕事で、俺の家にやって来たと言う。
本来なら事務仕事が担当なのだが、現在の霊界はあまりの忙しさで人手が足りず、彼女はいやいやながらも現場に回されてしまったようだ。
それにしても霊界ねえ。
なんだ、やっぱり宗教勧誘だったのか。
それにしても人のアパートの部屋に黙って入って来るなんて、ずいぶんと強引な勧誘活動だな。
俺が心の広い人間じゃなかったら警察を呼んでいるところだぞ。
彼女――メフィ―は苛立った表情で話を続けていたが、俺は何を言われてもよくわからない宗教に入る気はなかったので、シッシと手を振って帰るように告げた。
だが、メフィーは……というかなんだよメフィーって。
ウルトラ兄弟の長男かよ。
ふざけた名前はあれか、神から頂いた聖なる名前とかそんなのか?
「だから話を聞けよ、おっさん」
それでもメフィーは威圧的に俺を見たまま、一向に帰ろうとはしなかった。
そのときの彼女の凄い迫力に、気がつくと俺は震えてしまっていた。
こんな若い姉ちゃん相手に、ビビる俺……。
我ながら情けない……。
「い、いいから帰ってください。け、け、警察を呼びますよ」
その上、やっと出てきた言葉が、警察って……(しかも敬語になってしまっている)。
さっきの心の広い俺はどこへ行った……。
ドンッ!
突然衝撃音が鳴った。
いや、目の前のメフィーが俺の部屋の壁を拳で叩いたのだ。
これが世間でいう壁ドンか?
それからメフィーは、怯える俺の顎をグイッと掴んで、自分の顔に近づける。
「いいから話を聞け」
俺は震える声で、宗教に入るつもりはありません。
無職なのでお金もありません。
だからもう勘弁してほしいと悲願した。
それにしてもいい匂いだ。
やはり女の匂いは、いろんな意味で堪らない。
「おっさん、あんたなんか勘違いしてない?」
メフィーはそう言うと、顎を掴んでいた手を離して、その掌を俺に向かって翳した。
すると、俺の腕――いや、全身がみるみるうちに毛で覆われていく。
自分の体に違和感を感じていると、メフィーはどこから出したのか、大きな鏡をポンっと俺の前に置いた。
「な、なんだよこれ……?」
そこに映っていたのは、犬? 狼? いや、犬の顔をした狼――狼男だった。
俺は自分の姿を見ているはずのなのに、何故狼男が映っているんだ?
この鏡は映る者すべて狼男にするのか?
でも、この全身を覆っている毛の感触はたしかに俺のものだ。
「おっさんが話聞いてくれないから、狼男にしてやったよ。さっきよりも男前が上がって良かったね」
まさかこの女がやったのか……嘘だろ!?
霊界とか魂を運ぶとか胡散臭いことを言っていたけど、もしかして全部本当なのか?
俺は元に戻してほしくて、メフィ―に頼もうとしたが、何故か言葉が喋れない。
いや、狼になっているから「ワオーン」とか「ガオーン」とかしか言えないんだ。
こうなったらもうと俺が、両膝をついて拝み倒すと、メフィーは鼻で笑う。
そして、今度は人差し指を立てて振り、俺を元の人間の姿に戻した。
「お、お前……もしかして悪魔か何かか?」
「現代で悪魔ってナンセンスじゃね? もっと他の呼び方はないのわけ? まあ、悪魔であっているんだけどさ」
うんざりした顔で言うメフィーだったが、俺がようやく彼女の話を真面目に聞き始めたので、少し嬉しそうだった。
悪魔が俺に舞い降りた……って、おい! 天使じゃくて悪魔かよ!?
そりゃある日突然ヒロインが現れてほしいとは思っていたけど、よりにもよって悪魔ッ!?
いや、待てよ。
ってことは、さっき言っていた話は本当で俺はこれから死ぬのか……。
ああ……きっとこいつに殺されるんだな……。
俺は俯くと、今まで自分の人生を振り返った。
運動も勉強もできず、他にも特別のめり込むような趣味もない人生だったな……。
思い出せる記憶はというと、大学で無視されたことくらいか……。
普通は、学校とかで不良なら不良同士。
体育会系なら体育会系同士。
ガリ勉ならガリ勉同士。
オタクならオタク同士でつるんでグループを作るんだろうけど。
俺はどこへ行っても、どのグループにも入れてもらえなかった。
不良とか体育会系の連中は、ダサい俺のことなんか全く相手にしないし。
ガリ勉連中は、頭の悪い俺なんかバカにしていたし。
オタク連中から見ると、俺はどうもウザくて空気が読めない奴らしいし。
今考えると、俺には恋人はおろか、友人と呼べる人間もいないじゃないか……。
そう思うと涙が出てきた。
俺の人生は、このまま何も得ないまま終わるんだ。
泣き出した俺を見たメフィーが大きくため息をついた。
そして、俺に顔を上げるように言うと、一枚の紙を差し出してくる。
「ねえ、おっさん。そう思うんならあたしと契約しない?」
最初のコメントを投稿しよう!