19人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
04
そう思うならだと?
この女、もしかして俺の考えていることがわかるのか?
いや、こいつは人のことを狼男に変えることができる悪魔だ。
俺が脳内で考えていることを覗くことくらいわけないだろう。
「どうすんの? 契約するの? しないの?」
メフィーはさっさとしろと言わんばかりに、混乱している俺のことを急かしてくる。
ふざけるなよ。
俺はただ静かに暮らしたいだけなんだ。
うるさかった両親も死んで、やっとこさ誰とも関わらないで済む生活を手に入れたっていうのに。
こともあろうに悪魔と関わることになるなんて、きっととんでもなく面倒なことになるに違いない。
「嫌なら別にいいけど、あんた今夜に死ぬんだよ」
「くそっ! お前が俺を殺すのか?」
「違う違う。そんなことしてあたしに何の得があんだよ」
メフィーはそれから俺が何故今夜死ぬのかを説明し始めた。
内容はいたって簡単。
単なる寿命だそうだ。
話しながらメフィーは、右手をサッと振る。
すると、俺はアパートの部屋にいたはずなのに、周りが真っ暗になると、視界を埋め付くほどの蝋燭が現れた。
まるで怖い話をするテレビ番組のようだと俺が驚愕していると、メフィーはその中の一つを黙って指さす。
その蝋燭は、酷く小さくて今にも燃え尽きそうだった。
これが俺の寿命なのか?
なんだそれ、まるで『まんが日本昔ばなし』じゃないか。
「そうだよ。これがあんたの残された命」
俺の思考をまた読んだのか、メフィーが答えるように言った。
俺は……本当に死ぬのか?
いや、死ぬんだな……本当に死んでしまうんだな……。
おそらくこの悪魔が言う契約ってのは、俺のことをあの世へ送るための手続きなんかだろう。
まあ、天国へ行けるのなら……。
「何言ってんの? あんたが天国へ行けるわけないじゃん」
メフィーはまた俺の心の声を聞いたみたいで、即座に否定してきた。
どうも俺の人生は善行が足りないらしく、むしろ親に迷惑をかけたりなど、自分では気がついていないだけでかなり他人を傷つけていた人間だったようだ。
俺が何をしたっていうんだ。
俺はいつも我慢していたぞ。
どいつもこいつも楽しそうにして、幸せそうにしている人間に手を出さないで堪えてやっていたんだぞ。
友人もいなければ、恋人もいない――。
社会的信用もなければ、金もない――。
仕事もなければ、信じられる家族もいない――。
明るい未来がない――。
そんな失うものがない俺は、いうならば最強だ。
そもそも法律ってのは、犯罪者を思い留まらせるために存在している。
犯罪をすれば当然罰を受ける。
だが、俺は自分の命や人生に価値なんて置いてないんだ。
だから死刑は罰として機能しないし、金のない俺にとって罰金も無意味だ。
そして、何よりも俺には希望がない。
もしも明日に希望があったなら、それを絶ってしまう殺人など行わないだろうが、俺の未来にはそんなもの一つもないんだ。
だから、懲役だろうが死刑だろうが、それは罰にはなりえない。
何故なら俺にとっては現世こそが罰なのだから。
ムカつく人間を皆殺しにして死ぬなんてことは、むしろ何かの偉業を成し遂げたときのような優越感があるはずだ。
それが、自分が生きていたという痕跡をこの世に刻みつけることなんだ。
誰からも好かれず、認められず、尊敬されず、必要とされず、褒められず、敬われず、求められず、愛されず……。
誰からも人として扱われなかったからこそ、俺はせめて誰かから恐れられ、畏怖されたいと思ったときがあったんだ。
どいつもこいつもわかってないんだ。
失うものがない奴がどれだけ強いのかをな。
それでも――俺は最強なのに、ずっと我慢してやっていたんだぞ。
ヘラヘラとしている連中を殺さずに、生かしておいてやったんだぞ。
いや、もうどうせ死ぬんだから今からでも遅くない。
包丁を持って外へ行き、出会った奴を片っ端から殺してやる。
目指すは百人斬りだ。
きっと俺のことも、昔の日本軍みたいに歴史に残るぞ。
そう思い立って俺は、早速台所から包丁を探そうとすると――。
「だから話を聞けよ。そんなことしなくても、あたしと契約すればあんたの願いを叶えてやるって言ってんだ」
背中から聞こえるメフィーの苛立った声が、いきり立っていた俺の動きを止めた。
最初のコメントを投稿しよう!