04

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そう思うならだと? この女、もしかして俺の考えていることがわかるのか? いや、こいつは人のことを(おおかみ)男に変えることができる悪魔(あくま)だ。 俺が脳内(のうない)で考えていることを(のぞ)くことくらいわけないだろう。 「どうすんの? 契約(けいやく)するの? しないの?」 メフィーはさっさとしろと言わんばかりに、混乱(こんらん)している俺のことを()かしてくる。 ふざけるなよ。 俺はただ(しず)かに()らしたいだけなんだ。 うるさかった両親(りょうしん)も死んで、やっとこさ誰とも(かか)わらないで()む生活を手に入れたっていうのに。 こともあろうに悪魔と関わることになるなんて、きっととんでもなく面倒(めんどう)なことになるに(ちが)いない。 「(いや)なら別にいいけど、あんた今夜に死ぬんだよ」 「くそっ! お前が俺を(ころ)すのか?」 「(ちが)う違う。そんなことしてあたしに何の(とく)があんだよ」 メフィーはそれから俺が何故今夜死ぬのかを説明(せつめい)し始めた。 内容はいたって簡単(かんたん)(たん)なる寿命(じゅみょう)だそうだ。 話しながらメフィーは、右手をサッと()る。 すると、俺はアパートの部屋にいたはずなのに、周りが()(くら)になると、視界(しかい)()め付くほどの蝋燭(ろうそく)(あらわ)れた。 まるで(こわ)い話をするテレビ番組のようだと俺が驚愕(きょうがく)していると、メフィーはその中の一つを(だま)って(ゆび)さす。 その蝋燭は、(ひど)く小さくて今にも()()きそうだった。 これが俺の寿命なのか? なんだそれ、まるで『まんが日本昔ばなし』じゃないか。 「そうだよ。これがあんたの(のこ)された(いのち)」 俺の思考(しこう)をまた読んだのか、メフィーが(こた)えるように言った。 俺は……本当に死ぬのか? いや、死ぬんだな……本当に死んでしまうんだな……。 おそらくこの悪魔が言う契約ってのは、俺のことをあの世へ(おく)るための手続きなんかだろう。 まあ、天国へ行けるのなら……。 「何言ってんの? あんたが天国へ行けるわけないじゃん」 メフィーはまた俺の心の声を聞いたみたいで、即座(そくざ)否定(ひてい)してきた。 どうも俺の人生は善行(ぜんこう)()りないらしく、むしろ親に迷惑(めいわく)をかけたりなど、自分では気がついていないだけでかなり他人を(きず)つけていた人間だったようだ。 俺が何をしたっていうんだ。 俺はいつも我慢(がまん)していたぞ。 どいつもこいつも楽しそうにして、(しあわ)せそうにしている人間に手を出さないで()えてやっていたんだぞ。 友人もいなければ、恋人もいない――。 社会的信用もなければ、金もない――。 仕事もなければ、(しん)じられる家族もいない――。 明るい未来(みらい)がない――。 そんな(うしな)うものがない俺は、いうならば最強(さいきょう)だ。 そもそも法律(ほうりつ)ってのは、犯罪者(はんざいしゃ)を思い(とど)まらせるために存在(そんざい)している。 犯罪をすれば当然(ばつ)を受ける。 だが、俺は自分の命や人生に価値(かち)なんて置いてないんだ。 だから死刑(しけい)は罰として機能(きのう)しないし、金のない俺にとって罰金(ばっきん)無意味(むいみ)だ。 そして、何よりも俺には希望(きぼう)がない。 もしも明日に希望があったなら、それを()ってしまう殺人など(おこな)わないだろうが、俺の未来にはそんなもの一つもないんだ。 だから、懲役(ちょうえき)だろうが死刑だろうが、それは罰にはなりえない。 何故なら俺にとっては現世(げんせ)こそが罰なのだから。 ムカつく人間を皆殺(みなごろ)しにして死ぬなんてことは、むしろ何かの偉業(いぎょう)を成し()げたときのような優越感(ゆうえつかん)があるはずだ。 それが、自分が生きていたという痕跡(こんせき)をこの世に(きざ)みつけることなんだ。 誰からも()かれず、(みと)められず、尊敬(そんけい)されず、必要(ひつよう)とされず、()められず、(うやま)われず、(もと)められず、愛されず……。 誰からも人として(あつか)われなかったからこそ、俺はせめて誰かから(おそ)れられ、畏怖(いふ)されたいと思ったときがあったんだ。 どいつもこいつもわかってないんだ。 失うものがない奴がどれだけ強いのかをな。 それでも――俺は最強なのに、ずっと我慢してやっていたんだぞ。 ヘラヘラとしている連中を殺さずに、生かしておいてやったんだぞ。 いや、もうどうせ死ぬんだから今からでも(おそ)くない。 包丁(ほうちょう)を持って外へ行き、出会った奴を(かた)(ぱし)から殺してやる。 目指(めざ)すは百人(ひゃくんにん)斬りだ。 きっと俺のことも、昔の日本軍みたいに歴史(れきし)(のこ)るぞ。 そう思い立って俺は、早速(さっそく)台所から包丁を探そうとすると――。 「だから話を聞けよ。そんなことしなくても、あたしと契約すればあんたの(ねが)いを(かな)えてやるって言ってんだ」 背中(せなか)から聞こえるメフィーの苛立(いらだ)った声が、いきり立っていた俺の動きを止めた。
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