05

1/1
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ

05

そして、メフィ―はさっき出した紙を俺に向けて突きつけてきた。 これにサインをすれば、俺の(ねが)いを(かな)えると彼女は言う。 悪魔(あくま)契約書(けいやくしょ)()わす――。 それは当然何かリスクがあるのだろうが、今俺の目の前で使ってみせた力を見る(かぎ)り、きっとどんな(のぞ)みでも実現(じつげん)してくれるには(ちが)いない。 「そうだよ。おっさんが思っている通りこっちにも要求(ようきゅう)はある。だって契約なんだからさ」 そりゃそうだ。 神だろうと(ほとけ)だろうと、無条件(むじょうけん)で願いを叶えるなんて、そんな都合(つごう)のいい話があるはずない。 よくある童話(どうわ)(むかし)話でも、大体主人公(しゅじんこう)(よく)をかいて最後(さいご)には(ひど)い目に()うのは定番(ていばん)じゃないか。 ドラえもんの秘密道具(ひみつどうぐ)私利私欲(しりしよく)で使ったのび太が()(れい)だ。 こち亀の両さんもそうだ。 あとでしっぺ返しを食らうことはわかりきっているじゃないか。 でも、どうせ俺は今夜死ぬんだぞ……。 だったら、何か最後に()い目をみたいじゃないか。 あとで酷い目にあったって、一瞬でもいいから夢を見たいじゃないか。 たとえ、その後にどんな(くる)しいことが待っていたとしても、人生がずっと地獄(じごく)だった俺にとって何を今さら(おそ)れることがあるんだ? 大量虐殺(たいりょうぎゃくさつ)なんてやっている場合じゃない。 この悪魔に何か願い(ごと)をするんだ。 俺は(あわ)ててメフィーから契約書を取ると、その内容(ないよう)を読もうとした。 だが、その紙は白紙(はくし)だった。 ふざけているのかとメフィーに突っかかろうとすると、彼女は俺の顔を手で(つか)み、うっすらと笑った。 「気が変わったみたいだね。でも、本当にいいの?」 「ま、まずはお前の要求ってやつを聞かせろ。話はそれからだ」 メフィーは、声を(ふる)わせながら言う俺の顔から手を(はな)すと、ゆっくりと自分の両手(りょうて)(ひろ)げた。 「こっちの要求はね。おっさんが死んだときでいいから、あんたの(たましい)()しいんだよ」 それからメフィーは説明(せつめい)を始めた。 今霊界(れいかい)では、天使(てんし)と悪魔による、魂の獲得競争(かくとくきょうそう)(おこな)われているそうだ。 以前は(すご)簡単(かんたん)で、善人(ぜんにん)悪人(あくにん)区別(くべつ)するだけでよかったらしいのだが、毎年行われる霊界での会議(かいぎ)で、ある議題(ぎだい)()ぼり、そのような事態(じたい)になってしまったと愚痴(ぐち)っぽく言う。 その議題とは、“天国へ行ける魂とは何なのか?” というもので、その話を始めたメフィーの顔は、さらにしかめっ面になっていた。 元々人間というのは、善行(ぜんこう)悪行(あくぎょう)を両方行う者が多く、()っからの善人や悪人なんて者は一握(ひとにぎ)りなんだそうだ。 だから今までは、トータル――つまり善い行いと悪い行いの合計で、天国と地獄へ行く人間を決めていた。 それは俺にも理解(りかい)できる話だ。 テレビとかで、死んだ後の世界の話になるとそんなようなことを言っていたし、『ドラゴンボール』の世界もたしかそんな感じだった。 問題(もんだい)()きたのは、議題が出たその後だ。 決めかねた霊界のお(えら)いさんたちは、こともあろうに人間は善でも悪でもあるのだから、どちらでも良いのではないかという結論(けつろん)(いた)った。 そして、最初に聞いた天使と悪魔による魂争奪戦(そうだつせん)が始まった。 より多くの魂を手にいれたほうが、一年間霊界を仕切(しき)る権利を()るというもので、今や毎年行われていて、あの世はとんでもないことになっているそうだ。 俺から見ると、人の魂で(あそ)んでいるようにしか聞こえないが、天使にも悪魔にも娯楽(ごらく)がいるということか。 それからメフィーは、天使と悪魔それぞれの魂の獲得方法について話を始めた。 天使は出来る(かぎ)り善人――またそれに(ちか)しい者に契約を(せま)り、その契約者の見返(みかえ)りは(かなら)ず天国へ行けるというものだそうだ。 契約相手は(おも)に病気になったお年寄りが多いと言う。 一方悪魔は、俺みたいな今までろくな人生を送って来なかった人間の前に(あらわ)れ、願い叶えてやると契約を持ち()けるそうだ。 聞いていてとても信じられる話ではなかったが、目の前で起きたありえない現象(げんしょう)を見たことで、俺は彼女を(うたが)おうとは思わなかった。 なるほど、そういうことか。 誰にでもやっているのなら安心だな。 それに死んだ後のことなんか考えるバカがどこにいる? 俺の魂なんてくれてやる。 その代わり願いを叶えてもらうんだ。 「よし、決めたみたいだね。長い説明して悪かったけど。一応(いちおう)決まりなんでね」 言うことが営業(えいぎょう)の人みたいだ。 その言動(げんどう)だけではなく、メフィーがスーツ姿だったっていうのも、よりサラリーマンらしさを感じさせた要因(よういん)の一つだった。 「じゃあ、早速(さっそく)おっさんの願いを言ってみな」 よし、言うぞ。 俺の願いを、願望(がんぼう)を叶えられるんだ。 もちろんたくさんある。 なにせ俺は欲(ぶか)い奴だからな。 ……俺の……願い……? メフィーはいつまでも(だま)ったままの俺を見て苛立(いらだ)ち始めていたが、それでも俺は自分の願い事が何も出てこなかった。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!