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06
俺の願い……ってなんだ……?
大金持ちなること?
誰も逆らえないほどの権力?
金なんて朝昼晩食えて住むところさえ確保できるぶんがあればいいし、欲しいものなんて特にない。
どうせなら金でできないことを願いたし、何よりも金を使うという行為自体が面倒だ。
権力も今まで俺のことを笑っていた世間が、急にヘコヘコし出すのも何かバカにされているような気がして癪に障る。
じゃあ、よく権力者が叶えようとするような永遠の若さと命なんてのはどうだ?
……いや、そんなものを俺が手に入れてどうする。
俺は別に世界も宇宙も欲しくはない。
それに死ねないって結構辛いだろう。
現に俺は今夜孤独死するまでずっと苦しかったし、ずっと若いってのも大変そうだし……。
じゃあ、逆に世界平和なんてのはどうだ?
この世から争いをなくすことができるなんて最高にいいアイデアじゃないか。
戦争も貧困もない世界中の人間が幸福になれる世の中なんて素晴らし……くないな。
それだと俺が嫌いな世間の連中まで幸せになっちまう。
そんなのはごめんだ。
せっかくの俺の願いが、嫌いな連中のためになるなんて最悪でしかない。
でもまあ、あれだな。
そういう他人のためっていう願いはいい感じだ。
自分の好きな人を幸せするなんていいじゃないか。
……いや、そもそも俺に好きな奴なんていなかった。
誰か他人の顔を思い出そうとすると、親、クラスメイト、教師、会社の上司、先輩、後輩など嫌いな人間しか浮かんでこない。
じゃあ俺の仲間を作ってもらうっての?
けして、俺を傷つけない、裏切らない、不快にさせない親友ってのはどうだろう?
気の合う奴だけを俺の周りに……って、イエスマンなんかいらねえな。
なら世界の真理、宇宙の理を教えてもらうのは?
きっと人類史上でそのことを知れるのは俺が最初で最後の人物となれる。
……いや、正直そんな壮大なことに興味がない。
あれば、もうちょっとマシな人生を送っていた気がするよ。
嫌いな連中――俺のことを笑った奴らを全員不幸にする。
……そんなくだらないことで願いを使いたくない。
世界一の美味いメシを毎日食い続けたい。
……嘘だ。
俺は食い物に興味が一切ない。
人生をやり直す。
……おいおい、もう一回この人生をやるってキツいぞ。
むしろ、願いじゃなく罰――拷問みたいなもんだ。
じゃあ、温かい家庭は?
俺は厳しすぎる親父と、そんな親父の言いなりになっていたお袋のせいで、家族に恵まれなかったしな。
そうだよ。
俺の願望は、俺のもっとも欲しいものはいつでも俺に笑顔を向けてくれる家族じゃないか。
……いや、それじゃあさっき考えた親友と同じだ。
作り物とわかっていてそれが欲しいか?
メフィーは、いつまでも悩んでいる俺を見ながら貧乏ゆすりをしていた。
堪えるとか、待つことに慣れていないのだろう、見るからに不機嫌そうだった。
この女は、悪魔のくせにいちいち人間臭い。
「なんだよ、おっさん。あんたは叶えたい願いさえないのか?」
メフィーは、いよいよ我慢の限界に来たのか、俺に自分の顔を近づけて言った。
……ああ、女のいい匂いがする。
女……そうだ。
女だ。
世界で一番の美女を手に入れるんだ。
しかも悪魔の力で従わせるとか、言いなりにするとかじゃなくて、俺が自分の実力で落とす。
それをこの悪魔女に手伝わせる。
それなら作り物じゃない女を俺のものにできる。
俺が心の中で願いを決めると、メフィーは酷く面倒臭そうな顔をしていた。
「それマジで……。人間の女なんていくらでも用意できるけど、おっさんの願いは普通に女を口説いて手に入れたいってことだよね?」
俺は頷くと、メフィーは肩を落として大きくため息をついた。
「で、それをあたしに手伝えと……」
嫌そうに言葉を続けるメフィーに、俺はコクコクと二回首を縦に振った。
それを見た彼女は、さらに顔が歪んでいた。
その表情は、「そんな面倒なことを願うなよ」と言いたそうなものだった。
そして、彼女はしょうがないとばかりに白紙だった契約書を差し出してくる。
俺はその紙を勢いよく手にした。
「よし、じゃあ契約成立だ。俺が世界一の美女を手に入れることができたら。この魂をくれてやる」
「はぁ……決まりだね。嫌だけど。ホントに面倒で嫌だけど……。別にいいじゃん。催眠された女でもさ」
メフィーがブツブツと愚痴を言っていると、俺の両方の手首が突然切れて、そこから流れる血が宙を舞い始めた。
そして、その宙に浮かんでいた血は契約書へと飛んで行き、それが赤い字となって紙の表面に現れる。
俺には全く読めない、見たこともない文字だったが、恐らく契約の内容について書かれているのだろう。
ありえないことが起きていたが、俺の心は喜びで興奮が止まらない。
「さて、これでオッケー。とりあえず女を落とすためには、まずおっさんを変えなきゃね」
メフィーは俺の両手を取ると、手首の傷を一瞬で治して見せた。
そして、そのまま俺の首根っこを乱暴に掴むと(まるで野良猫でも掴むみたいな扱い)、窓から外へと飛び出して行った。
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