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07
俺たちは窓から飛び出したかと思うと、目の前にはいつの間にか大きな屋敷が建っていた。
また魔法か何かを使ったのだろう。
この悪魔は細かい説明をしてくれないから心臓に悪い。
メフィーは驚いている俺のことなど気にせずに、その屋敷の扉を開けて中へと入って行く。
それでもまだボーと見ている俺を、彼女は睨みつけてきた。
その目は「何をしている? 早く来い」と言っているようだった。
俺はビビりながらもメフィーの後について行き、その屋敷の中へと入って行った。
屋敷の中に入ると、メイド服を来た女たちが、無言のまま一斉に頭を下げてくる。
そのメイドたちをよく見ると、頭の上に獣耳と着ているワンピースのスカート部分――ケツから尻尾が生えていた。
こいつらは……まさか獣人ってやつか?
まるで秋葉原かコスプレ会場だな。
俺が屋敷やメイドのことを訊ねようとすると、メフィーは面倒臭そうに答えた。
どうやらこの屋敷は、メフィーの両親のものらしく、ここにいるメイドたちは全員使い魔というやつらしい。
こいつ……。
口も態度も悪いからそうは思えなかったが、いいとこのお嬢様かなんかだったのか。
「ねえ、エディス婆はいる?」
メフィーがそう言うと、メイドの一人が厨房にいると丁寧に頭を下げて答えた。
エディス婆ってのが誰なのか、メフィーとどんな関係なのかわからないままに、俺は彼女に急かさて共に厨房へと向かった。
だから説明をしろよ、この悪魔!
どうせ俺の心の声は聞こえているんだろうが!
移動中の廊下には、高そうな絵画や照明などが飾られていて、まるで映画のセットのようだった。
そして、目的の厨房へと入ると、そこにはさっき扉の前で俺たちを出迎えた奴らと同じメイド服を着た老婆が、大きな鍋で何かをグツグツ煮込んでいた。
振り返ってこちらを見たエディス婆の顔は、いかにもという感じでヒヒヒって笑いそうな婆さんだった。
その姿はメイドというよりは、むしろ魔女だと思った。
お菓子の家とか毒リンゴとかの、よくある童話に出てくるやつだ。
「お嬢様。おかえりですか? 今日初の現場でのお仕事と聞いておりましたが」
エディス婆は鍋をかき回していた長い棒を置いて、メフィーの姿を見てこちらへと近づいて来る。
その佇まいは、俺が思っていたよりもずっと気品があり、洗練された淑女のようだった。
だが、その顔と鍋がセットになると、やはりメイドよりは魔女にしか見えないと改めて思い、内心で笑ってしまう。
近づいてきたエディス婆に対して、メフィーは何の説明もせずに黙ったまま右手を差し出した。
そのときの態度は「ほら、わかんだろ。早くよこせ」とで言いたそうだ。
やはりこの女は親に相当甘やかされてきたのだろう。
態度がいちいち偉そうだ。
それにやはり説明がない。
わがまま奴の典型だ。
「こっちの考えを察しろよ」なんていうのは、自己中心的な奴の得意技みたいなもんだ。
彼女の表情だけ取ってみても、その傲慢さが顔から漏れている。
だが、そこはさすがメイド服を着ているだけはあるのか、エディス婆はメフィーの意図を理解している様子だった。
そして、厨房にあった棚から、大きな瓶詰めの何かを取り出す。
メフィーは乱暴にそれを取ると、俺の顔にその瓶を突き付けてきた。
「さあ、こいつを飲んで」
動作が荒っぽい上に(手の動きの勢いが強くて殴られるかと思った)、相変わらず説明がないことに苛立ったが、しょうがなくそれを受け取る。
瓶の中には、真っ赤に濁った液体とグロテスクな何かが入っていた。
なんだこれ?
なんかの内臓?
「それは人間の赤ん坊のお焦げでございます」
エディス婆が、いつまでも瓶を見つめている俺に丁寧に答えてくれた。
……って、まてよ!?
人間の赤ん坊のお焦げって!?
「いいからさっさと飲みなよぉ」
メフィーは、厨房にあった木の椅子に腰かけてかったるそうに言った。
その態度はなんだ。
俺はお前と契約したんだぞ。
魂を売り渡したんだぞ。
いうなれば俺はお前のご主人様だろうが。
もう少しメイドたちやエディス婆を見習え。
使えない営業マンだってもう少しはマシだぞ。
だが、メフィーは黙ったまま俺を睨むだけだった。
「こんなもの飲めるか! 大体人間の赤ちゃんなんて……まさかお前たちは人間を食べるのか!?」
俺の怒鳴り声を聞いたメフィーは、さらに眉間に皺を寄せた。
俺がメフィーに近寄ると、エディス婆が間に入って来る。
「それは誤解でございます」
それからエディス婆は、この瓶について説明を始めた。
この赤ん坊は、親の虐待を受けて亡くなった赤ん坊の焼死体から作ったものなんだそうだ。
「昔からありましたが、ここ数年の人間界はたとえ善人であっても、自分の腹を痛めて産んだ子を殺してしまうことが多いのでございます。やむを得ない事情があるとはいえ、悲しいことでございます」
そういえば何かそういう事件を、スマートフォンでニュースを見たときにあったような気がするな。
この婆さん、見た目は恐ろしい感じの魔女だが、心根は優しい奴なのかもしれない。
「はい、そういうことだから。じゃあ、あたしが飲ませてやる」
メフィーはそう言うと、瓶を俺から奪って無理矢理に口に押し付けてきた。
何か魔法でも使っているのか、口を閉じることも吐き出すこともできない。
「これでおっさんは二十くらいの若者になれるよ。あ、そうなるともうおっさんじゃないか」
メフィーのそんな言葉を聞きながら、俺は自分の体が焼けていくような感覚を味わっていた。
苦しくて、とても立っていられず、その場に倒れ込んでしまう。
倒れて自分の腕を見てみると、そこから泡が立ち始めていて、このまま消滅してしまうかと思うと、俺の意識はそこで途絶えた。
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