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08
気がつくと、大きなベットの上に裸で倒れていた。
周りを見ると、ベットには天蓋が付いており、部屋の中も豪華な装飾で飾られている。
今まで映画とかでしか見たことがなかったもの――。
まるでヨーロッパの国のどこかの王族が使用するようなものだった。
あの焦げた赤ん坊が入った液体を飲んでから、一体どうなったのか。
まるっきり今の状況が把握できない。
そのとき――。
部屋の扉が開いた。
「やっと起きたね」
扉からはメフィーが現れて、その手には衣服が持たれている。
俺がメフィーにあの後にどうなったのかを訊ねようとしたら、彼女は持っていた衣服を投げつけてきた。
「女の子の前でいつまでも裸でいるのは問題だよ。さあ、さっさとそいつを着な、おっさん」
そして、メフィーはそれに着替えるように言ってきた。
「あ、でももうおっさんじゃないんだった」
メフィーはよくわからないことを言っている。
俺は自分の年齢なんて、24歳で会社へ行かなくなってからは数えたことがない。
祝ってくれる人間もいないし、いちいち歳をとったことを覚えているのなんて馬鹿らしいからだ。
誕生日なんてのは、死が近づいているということを感じるだけだ。
話を戻して――俺はあれから少なくとも仕事を辞めてから数年……いや数十年は経過しているだろうから、確実にいい歳――中年ではある。
実際にメフィーも俺のことを名前も聞かずに、ずっとおっさん呼ばわりだった。
だから、彼女が言っている“もうおっさんじゃない”という言葉の意味がよくわからない。
不可解な顔をしている俺を見たメフィーは、指をパチンと鳴らすと、どこからともなく鏡が現れた。
それを持った彼女は、うっすらと笑いながらこっちへ鏡を向ける。
俺は、その行為が一体何のためなのかがよくわからなかったが、鏡に映し出された自分の姿を見て、メフィーの言葉の真意を理解した。
俺は若返っていた。
どう見ても二十代前半、いや十代後半ともいえるくらいだった。
そうか。
あの瓶の中身を飲ませたのは、このためだったのか。
俺がこのメフィーと契約した理由は、世界一の美女をものにするためだ。
そのためにもまずは見た目からっていうわけだな。
たしかに、加齢臭のするおっさんじゃ、知り合う前に避けられるのがオチだ。
だが、せっかくなら誰もが惚れるような美男子にでもしてくれればいいのに。
鏡に映っているのは、ただ若かった頃の俺のままだ。
「あんたはホントにわかってないね」
メフィーは俺の心を読んだのか、呆れた顔をして話を始めた。
なんでも女は男と違い、顔で人を選ばないんだそうだ。
極端な体型や、不潔でさえなければ、何も問題はないと言う。
いや、そこは顔だろ。
よく性格がいいから好きなんてのは、全部後付けだろ。
女っていうやつはどいつもこいつも顔がいいか、はたまた金や社会的地位を持っているかで判断するような生き物だろ。
大体悪魔のくせに人間の女の何がわかるんだよ。
俺がそう思っているとメフィーは、不機嫌そうに目を細めてこっちを見ていた。
そして、やれやれと言った感じで大きくため息をつく。
「……あんたが催眠なしで女を落とせる気がしない。だけど……もうやるしかない。契約は済んだんだからね」
メフィーは、顔を穏やかなものに切り替えて言葉を続ける。
「大丈夫、大丈夫。あんたは地味顔で別にカッコいいわけじゃないけど、作りは悪くないから」
なんだかとても侮辱された気分だったが、ともかくやる気を出そうとしているメフィーを見ていると、こっちに良い意味で伝染してくる。
そうだ。
俺は世界一の美女を手に入れるんだ。
悪魔に魂を売り渡したんだ、絶対に成功するに決まっている。
俺がここまでモチベーションが上がってきたのは何十年ぶりだろうか。
瓶に入った液体のおかげで若返った影響もあるかもしれないが、何だかじっとしていられない。
今すぐにでも動き出したいと、体がうずいてしょうがない。
「よしメフィー。今すぐ世界一の美女を探しに行くぞ。ついて来い」
「バカ! 服を着ろ、服を!」
勢いよく体を起こし、裸のままメフィーの目の前に立ち上がった俺へ、彼女の鋭い平手打ちが決まった。
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