08

1/1

19人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ

08

気がつくと、大きなベットの上に(はだか)(たお)れていた。 (まわ)りを見ると、ベットには天蓋(てんがい)が付いており、部屋の中も豪華(ごうか)装飾(そうしょく)(かざ)られている。 今まで映画とかでしか見たことがなかったもの――。 まるでヨーロッパの国のどこかの王族が使用するようなものだった。 あの()げた赤ん坊が入った液体を飲んでから、一体どうなったのか。 まるっきり今の状況(じょうきょう)把握(はあく)できない。 そのとき――。 部屋の(とびら)が開いた。 「やっと()きたね」 扉からはメフィーが(あらわ)れて、その手には衣服(いふく)が持たれている。 俺がメフィーにあの後にどうなったのかを(たず)ねようとしたら、彼女は持っていた衣服を投げつけてきた。 「女の子の前でいつまでも裸でいるのは問題(もんだい)だよ。さあ、さっさとそいつを着な、おっさん」 そして、メフィーはそれに着替(きが)えるように言ってきた。 「あ、でももうおっさんじゃないんだった」 メフィーはよくわからないことを言っている。 俺は自分の年齢(ねんれい)なんて、24歳で会社へ行かなくなってからは(かぞ)えたことがない。 (いわ)ってくれる人間もいないし、いちいち(とし)をとったことを(おぼ)えているのなんて馬鹿(ばか)らしいからだ。 誕生日(たんじょうび)なんてのは、死が近づいているということを感じるだけだ。 話を(もど)して――俺はあれから少なくとも仕事を()めてから数年……いや数十年は経過(けいか)しているだろうから、確実(かくじつ)にいい歳――中年ではある。 実際にメフィーも俺のことを名前も聞かずに、ずっとおっさん呼ばわりだった。 だから、彼女が言っている“もうおっさんじゃない”という言葉の意味がよくわからない。 不可解(ふかかい)な顔をしている俺を見たメフィーは、(ゆび)をパチンと()らすと、どこからともなく(かがみ)が現れた。 それを持った彼女は、うっすらと笑いながらこっちへ鏡を向ける。 俺は、その行為(こうい)が一体何のためなのかがよくわからなかったが、鏡に(うつ)し出された自分の姿を見て、メフィーの言葉の真意(しんい)理解(りかい)した。 俺は若返(わかがえ)っていた。 どう見ても二十代前半、いや十代後半ともいえるくらいだった。 そうか。 あの(びん)の中身を飲ませたのは、このためだったのか。 俺がこのメフィーと契約(けいやく)した理由(りゆう)は、世界一の美女をものにするためだ。 そのためにもまずは見た目からっていうわけだな。 たしかに、加齢臭(かれいしゅう)のするおっさんじゃ、知り合う前に()けられるのがオチだ。 だが、せっかくなら誰もが()れるような美男子(びだんし)にでもしてくれればいいのに。 鏡に映っているのは、ただ若かった(ころ)の俺のままだ。 「あんたはホントにわかってないね」 メフィーは俺の心を読んだのか、(あき)れた顔をして話を始めた。 なんでも女は男と(ちが)い、顔で人を(えら)ばないんだそうだ。 極端(きょくたん)体型(たいけい)や、不潔(ふけつ)でさえなければ、何も問題はないと言う。 いや、そこは顔だろ。 よく性格(せいかく)がいいから好きなんてのは、全部後付けだろ。 女っていうやつはどいつもこいつも顔がいいか、はたまた金や社会的地位を持っているかで判断(はんだん)するような生き物だろ。 大体悪魔(あくま)のくせに人間の女の何がわかるんだよ。 俺がそう思っているとメフィーは、不機嫌(ふきげん)そうに目を(ほそ)めてこっちを見ていた。 そして、やれやれと言った感じで大きくため息をつく。 「……あんたが催眠(さいみん)なしで女を落とせる気がしない。だけど……もうやるしかない。契約は()んだんだからね」 メフィーは、顔を穏やかなものに切り替えて言葉を続ける。 「大丈夫、大丈夫。あんたは地味顔(じみがお)で別にカッコいいわけじゃないけど、作りは悪くないから」 なんだかとても侮辱(ぶじょく)された気分だったが、ともかくやる気を出そうとしているメフィーを見ていると、こっちに良い意味で伝染(でんせん)してくる。 そうだ。 俺は世界一の美女を手に入れるんだ。 悪魔に(たましい)を売り(わた)したんだ、絶対(ぜったい)に成功するに決まっている。 俺がここまでモチベーションが上がってきたのは何十年ぶりだろうか。 瓶に入った液体(えきたい)のおかげで若返った影響(えいきょう)もあるかもしれないが、何だかじっとしていられない。 今すぐにでも動き出したいと、体がうずいてしょうがない。 「よしメフィー。今すぐ世界一の美女を(さが)しに行くぞ。ついて来い」 「バカ! 服を着ろ、服を!」 (いきお)いよく体を起こし、裸のままメフィーの目の前に立ち上がった俺へ、彼女の(するど)平手打(ひらてう)ちが決まった。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加