ロマンがロマンを呼ぶ

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お父さんがリビングで熱弁をふるっている。それはもう、ドラえもんに出てくるジャイアンのリサイタルがあれば、こんな感じなんだろうなという熱意っぷりだ。 私とお母さんは、お父さんの唾が飛んでこない絶妙な位置、私はリビングのソファ、お母さんはキッチンカウンターにある椅子に座って聞いている。これも長年の経験による賜物だ。 リビングの隅には古代ローマの歴史に関するDVDボックス。家族兼用の本棚にはやっぱり古代ローマの歴史に関する書籍がずらっと並んでいた。もう家族兼用でもなんでもなくなっている。写真集もあれば、どこで見つけて来たのかわからない専門書まで並んでいた。 人は何かを知れば誰かに教えたくなる生き物だ。会社の同僚や部下にでも語れば良いのに、一番の被害者になりうるのはいつだって私たち家族だった。 これは私が赤ちゃんの頃から続いている。かわいそうな私、赤ちゃんだったら逃げられないじゃん。あーでもお母さんのおなかの中にいる時もこの調子だっただろうから、この家に生まれる決まった時点で逃げられないのかもね。 この我が家独特の風習は不思議とすたれない。お父さんが何かに熱中し、インプットからアウトプットに転じた時、不定期で行われるイベントだ。勃発するといっても良いかもしれない。学校の勉強やイベントは仕方ないけれど、なぜか唐突に始まるお父さんの熱弁は、友達の約束より優先される。今はいないけど、彼氏ができたらどうしよう。彼氏との約束優先させて良いかな。いや、彼氏も一緒のこのリビングで聞かされるハメになりそうだ。ああ、かわいそうな未来の私の彼氏。 「ローマは領地を広げることに成功したが、快く思わない者も多い。いつだって打倒ローマに立ちあがる諸民族もいるのだ。ハンニバルはそれが分かっていたんだな。ローマとの絆が強い同盟関係にある国を寝返らそうとした」 今はハンニバル戦記とやらに凝っている。希代の戦略家で歴史上、有名な人物らしい。有名?学校の教科書に載ってたかな。世界史を勉強していても、それほど詳しく学べるわけじゃない。お父さんが話しているのは、大学の専門家が勉強することに違いない。私は歴史なんてさっぱり興味ないけど。ぼんやりとした顔のまま聞いていた私の耳に飛び込んできた言葉、この言葉で目がぱっちりと開いた。 「ハンニバルに対抗するために現れたスキピオは、美男子だったと言われている」 え?美男子?古代ローマに美男子なんて存在してたの? 古代ローマ人に対してとんでもなく失礼なことを考えながら、お父さんのにわか知識、付け焼刃のローマの歴史、ハンニバル戦記に対して耳をすませる。 「ローマには騎兵隊がいなかったんだ。騎兵隊は馬を操って戦う兵士だが、ローマでは歩兵隊が主な戦力でとても強い。だけど、それじゃあハンニバルには勝てない。スキピオは騎兵隊が欲しかった。騎兵隊が強いヌミディア人マシニッサに同盟を申し出たが、ヌミディアは国が二つに分かれていた。マシニッサはもう一つの勢力、えーっと誰だったか」 ここでお父さんはノートを取り出して確認をする。どうどうとカンニングした後、えへんと咳ばらいをして話し出した。 「シファチェがマシニッサを国から追い払い国王となる。マシニッサには絶世の美女の許嫁もいたが、許嫁もシファチェにとられ国を出るしかなかった」 おお、なんだか。映画になりそうだ。あるのかな。マシニッサを主役にした映画。絶世の美女っていったら、女優さんは誰だろう。ちょっと興味あるかも。 私はいつの間にか身を乗り出して聞いていた。 マシニッサは騎兵二百騎を連れてスキピオのもとを訪れ、同盟は結ぶことができない。提供できるのは我が身しかないと言った。 スキピオはマシニッサを受け入れ、友情を築き、マシニッサの国を取り戻すことに成功する。 ここらへんで私の思考はどこぞへと彷徨う。馬を自在に操り、目の前の敵を蹴散らしていくマシニッサ。ちょっとかっこいいでないの。そこから先はちゃんと聞いていいなかった。私にとって重大な決意のようなものが浮かんできたからだ。そのことを考えていると、わくわくして今にも飛び出していきたい衝動に駆られる。今の私はここにはいない。私の中で思い描くキラキラした妄想の中にひたっていた。ぶっちゃけハンニバルがどうなったのか知らない。いいや、あとでお母さんに聞こう。 「スキピオは活躍したが、ローマの元老院と市民からは良い顔をされなくなった。ハンニバルからローマの危機を救ったというのに残念だ」 熱が入りすぎて涙まで浮かべている。お父さんの熱弁が終わる頃になって、私の意識はリビングに戻ってきた。げんなりとしたお母さんが、それじゃあもういいですねとため気をつく。 「どうだった?やっぱりつまらなかったか?」 私とお母さんは興味がなくてもお父さんの話を最後まで聞く。お父さんは内心悪いと思っているのだ。私はふっと、意識を戻して唐突に告げた。 「私、乗馬習いたい」 「「なんでだよ」」 お父さんとお母さんが同時にツッコんだ。 いや、だってさ。かこいいじゃん。馬に乗って大地を駆けまわり敵をばっさばっさと斬り倒していくの。ああ、そっか。乗馬だけじゃなくて剣道も習わないと、いや、フェンシング? 今度、乗馬クラブにでも行ってみるかと気を遣うお父さんに、私は極上の笑みを浮かべた。 「あと、剣道か、フェンシングも」 「「なんでだよ」」 また同時にツッコまれた。
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