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『男の子ができたら、あっくんの名前の字、使いたいね』
まだあの状況に苦しめられる前、あいつがそうぼやいていた事を想起する。
俺のって、一文字しかねえじゃん。そう言いながら髪を撫でてやれば、あいつは気持ちよさそうに目を細めて『だからそれを使いたいの』と気の抜けた表情には似つかわしくない、力強い声でそう言った。
『親の名前から一文字を貰うって、素敵じゃない?』
あいつは決して理想が高かったわけじゃない。ただ少し夢見がちなだけだった。いくつになっても夢を見る心を忘れない、そういう純真無垢な人間だった。あいつのそういうところに、惹かれて止まなかった。
仲睦まじく手を取り合って歩いていく親子の背中が次第に小さくなる。どれだけ見つめていたのだろう。額に薄っすらと滲む汗を手の甲で乱雑に拭って、鞄から手帳を取り出した。
「…あ」
紙の上にペンを走らせようとしたところで、ボールペンがない事に気づく。鞄の中を漁ってみても見当たらない。どうやら全てデスクに置き忘れてしまったらしい。一生の不覚だ。
スマホでメモが出来てしまうこのご時世、ペンのひとつくらい持っていなくてもなんとかなるだろう。そうも思ったが、やはり手元にないのは心許ない。
一周回った思考は“買う”という結論に辿り着いた。
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