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【 第二話: おばけの希さん 】
その「おばけ」の年齢は、見た目から僕よりも年上じゃないかと思った。
僕は恐る恐るその「おばけ」に、正体を聞いてみた。
「き、君は誰なの……?」
「私はその日記の持ち主よ。名前は『希』。よろしくね」
「の、『のぞみ』さん……?」
「そう。あなたの名前は?」
「ぼ、僕は『友也』……」
「『トモヤ』くんか。いい名前ね。歳はいくつ?」
「ぼ、僕は18歳……」
「若いのね。友也くんは」
「お、おばけ、じゃない……。の、希さんは、いくつ何ですか……?」
「私は30歳。友也くんよりも12歳年上ね」
「30……」
「あっ、今、おばさんって思ったでしょ!?」
「い、いえ、思っていません……」
「まあ、しょうがないわね。18歳の友也くんからしたら、30歳の私はおばさんだもんね」
「そ、そんなことないですよ……。ほんと……」
「でも、ほんとは若い女性の方が好きなんでしょ?」
「まあ、確かにそうだけど……」
「このぉ~、レディを前に。ま、仕方ないか。それより、何か暗い顔してたけど、どうしたの?」
「えっ? そ、それは、ちょっと今日色々とあって……」
「色々って何よ?」
「このオンボロ団地の909号室だったり、茶碗を割ったり、指を切ったり、排水溝が詰まっちゃったり、カーテンが破れてたり……」
「まあ、確かに、私が住み始めた頃に比べたら、オンボロになっちゃったわね」
「トイレの便座も割れちゃってて、座ったらお尻の皮を挟んじゃったりもしました……」
「うふふっ、それはお気の毒。友也くんは面白いね」
「お、面白い……?」
「うん。そうやって、自分の不幸話をおばけの私にしてくるんだもん」
「だ、だって、希さんが色々と聞いてくるから……」
その「おばけ」は、僕に何か危害を加えるような怖いおばけではなさそうだった。
でも、その「おばけ」が時折見せる笑顔が、僕には信じられなかった。
「友也くんは、今学生?」
「い、いえ。明日から会社勤めです……」
「そうなの? じゃあ、あまり睡眠の邪魔をすると、明日起きれなくなるね。私そろそろ消えるね」
「あっ……」
彼女はそう言うと、徐々に体が薄くなっていき、最後には完全に姿が見えなくなった。
僕はこのことが夢だったのか、本当の出来事だったのか、半信半疑だった。
やがて、また睡魔が襲い、僕は知らない間に、眠りについた。
――朝になり、僕が目を覚ますと、彼女の姿はなかった。
やはり昨日の夜の出来事は、夢だったのかと思っていた。
そして、ふと枕元を見ると、あのノートがあるのに気付いた。
僕はそのノートを手に取り、日記の2ページを開いて見てみた。
『4月3日 月曜日』
『今日は出社1日目。元気にいっぱいお仕事するぞーっ!』
と、少しテンション高めの出だしから始まっていた。
僕のテンションとは明らかに異なるものだった。
僕は今、会社に出勤するのがとても不安で、期待よりも、むしろ怖さの方が勝っていたからだ。
そんなドンヨリとした気持ちの中で、日記を見つめていた。
『新しい紺の制服で、決まっている私。そんな私はこの世で一番かわいいのだーっ!』
その日記の内容は、とてもポジティブで、恥ずかしくなるほど能天気、いや、プラス思考な内容だった。
しばらく、読み進めていると、また隣に人の気配を感じた……。
「おはよう。友也くん」
「う、うわぁーーっ!! で、出たぁーーっ!! お、お、おばけーーっ!!」
「もう、学習してないな~。昨日会った『希』よ」
「の、の、希さん……?」
「そうよ。分かった?」
「ほ、ほんとに昨日の希さん……?」
「うん。本物の希」
「ゆ、夢じゃなかったんだ……」
「夢ではなさそうよ」
「お、おばけなのに、ど、どうして、朝にも出てくるの……?」
「私は朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが、友也くんがそのノートを開けば、いつでも出てくるよ」
「こ、このノートを開くと……?」
「そうよ。だから、今出てきたの」
「そ、そうだったんですね……」
「もう、二度目なんだから、そんなに驚かないで」
「は、はい……」
そのおばけ、いや、希さんは、昼間にも見える怖くない種類のおばけのようだった。
希さんの足元の方は、よくおばけで言われる通り、やはり薄くてよく見えなかった。
おばけの世界では、それがスタンダードなことなんだと理解した。
「さあ、友也くん。今日からお仕事なんでしょ? 早く支度して会社へ行かなきゃ」
「う、うん……」
僕は希さんに促されるまま、そのノートをかばんに入れ、重たい足取りで会社へ向かった。
すると、何故か、希さんが僕に付いてきた。
「の、希さん! みんなにおばけの姿見られちゃいますよ!」
僕がそう言うと、希さんは笑いながらこう返してきた。
「うふふふっ、大丈夫よ。私の姿は、友也くんにしか見えてないから」
「えっ? そうなんですか? ど、どうして?」
「そのかばんの中に入っているノートを見た人にしか、私は見えないから」
「そ、そうなんですね……。で、でも、声が他の人に聞こえちゃいます……」
「それも大丈夫。声も友也くんだけにしか聞こえていないから」
「そ、そういうシステムなんですか……?」
「システムって、ちょっとよく分かんないけど、友也くんだけだから安心して」
「わ、分かりました……」
「あっ、でも、友也くんの声はみんなに聞こえているから気をつけてね。独り言ブツブツしゃべってるみたいになっちゃうから」
「は、はい。気をつけます……」
僕は希さんを肩越しに感じながら、バスに乗り、電車に乗り、会社へ向うのだった。
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