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【 第三話: 仕事はつらいよ 】
僕は、初めての出勤で緊張していた。
緊張し過ぎて、吐きそうなほどだった。
会社に着くと、メガネをかけた上司らしき人が僕を待っていた。
「おい! 遅いぞ、新人!!」
「あっ、す、すみません……」
「新人だったら、新人らしく、先輩社員よりもっと早く来い! 分かったな!」
「は、はい。明日からそうします……」
僕はいきなり1日目のドショッパツから怒られた。
その人は、その部署の部長らしく、職場の人たちを集めて、僕を紹介してくれた。
「え~、みんな集まって。今日から一緒に仕事することになった『相場くん』だ」
「あ、『相場 友也』と言います。今日から、よろしくお願いします」
「じゃあ、早速ですまんが、ここへ行って来てくれるか」
「えっ? いきなりですか……?」
「何だ? ヤダってのか? 新人」
「い、いや、行きます……」
「よし、じゃあ一人で行って来てくれ」
「ひ、一人でですか……?」
「ああ、一人でこの取引先の会社へ行って、昨日の納品ミスを謝って来てくれ」
「えっ? 一人で謝りに行くんですか……?」
「ああ、そうだ。何だ? 不満でもあるのか?」
「い、いえ。あ、ありませんけど……」
「じゃあ、素直に謝りに行って来い!」
僕は初日の一番初めに、取引先の会社に謝りに行くという仕事を頼まれてしまった。
その道中、そんな姿を見ていた希さんは、僕にこんなことを言ってきた。
「何、あのいけ好かないメガネの人。友也くんにいきなり一人で謝って来いなんて」
「しょ、しょうがないよ。新人だもん、行くしかないよ……」
「でも、いきなり初めての仕事が謝る仕事なんてヒドイよね」
「う、うん……。それより、何て言って謝ろう……」
「私に任せて、友也くん! 私がアドバイスしてあげるから、その通りにしゃべってみて」
「わ、分かった、その通りにする……」
その取引先の会社へ着くと、ある小さな部屋へ通された。
そこには二人の怖い顔をした人たちが待っていた。
僕はその迫力に押されてしまい、初めの言葉が見つからなかった……。
すると、希さんが僕にこう助け舟を出してくれた。
「(友也くん、まずは、こう言って。『この度は大変申し訳ございませんでした』って)」
「(う、うん、分かった)こ、この度は大変申し訳ございませんでした……」
「(『弊社の納品ミスで、御社に多大なご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません』)」
「へ、弊社?の納品ミスで、お、御社?に多大なご迷惑を……、え~と……」
「(『お掛けしてしまい、誠に申し訳ございません』よ)」
「お、お掛けしてしまい、ま、誠に申し訳ございません……」
「あれっ? 君は見かけない顔だね?」
「は、はい。今日から新しく配属されました、『相場』と申します……」
「そうか。新しい人か。まあ、掛けたまえ」
「は、はい。失礼します……」
「ところで、今回の納品ミス何だが、どうして発生してしまったんだい? 原因は何なんだい?」
「えっ? 納品ミスの原因ですか……。そ、それは……」
「ん? 納品ミスの原因が分からないのかね?」
「(友也くん、ちょっと待って、私がこの書類を確認して原因を教えてあげる)」
「あっ、う、うん……」
「ん? 何か言ったかい?」
「あっ、い、いいえ。ちょっと、独り言を……」
「どうしたんだい? 初めてで緊張しているのかな?」
「は、はい。初めての出勤で、初めての出張で、初めてのお詫びのお仕事で、き、緊張しています……」
「ははは、君、なかなか面白いね。で、納品ミスの原因は分からないのかね?」
「(友也くん、分かった。これ、そもそも発注の数字が間違っているわよ。この書類のここの箇所!)」
「えっ? あっ、え~と、この発注書に書かれている、この部分の数字が間違っておりまして……」
「ん? あ、そうだね。これうちの会社の発注書自体の数字が間違っているじゃないか。君よく気付いたね」
「あっ、は、はい。今、気付きました……」
「今、この場ですぐに気付くなんて。これだけの書類を前に瞬時にミスを発見できるなんて、君はなんて優秀なんだ」
「あ、ありがとうございます……」
僕は、希さんのおかげで、この取引先の人たちの信頼を一気に得ることができた。
帰る頃には、
「君みたいな優秀な人材をうちにも欲しいくらいだよ。はははは……」
っと、すっかり気に入られていた。
僕は会社へ戻り、部長に謝って来たことを伝えると、その部長はこう言ってきた。
「お前、本当にちゃんと謝ったのか~? 相手先を怒らしたんじゃないだろうな~?」
「い、いえ。誠心誠意、謝罪して来ました……」
「お前、先方からクレームが来たら、即刻クビだからな!」
「は、はい……」
「(この人、頭くる! 友也くん、私に任せておいて。仕返ししてやるわ!)」
「えっ? し、仕返し……」
「あぁ? 新人、何だ? 仕返し? お前何ブツブツ言ってんだ!」
「あっ、いいえ。何も言ってません……」
「俺には、ちゃんと聞こえたぞ。お前、今『仕返し』とか言ったよな!」
「い、いいえ……」
すると、希さんは、部長のかけているメガネをその部長の頭の方へズラした。
「あっ、何だ? 何で勝手にメガネが頭の方に移動したんだ?」
部長がメガネを元の位置に戻すと、今度は部長のネクタイを引っ張って外し、蝶々結びに締め直した。
「ああ? 何だ? 何で勝手にネクタイが蝶々結びになっちゃったんだ?」
希さんはその部長がカツラだということに気が付くと、今度はそのカツラを掴んで、窓の外に放り投げた。
「あっ? ああぁーーーーっ!! お、俺のカツラがーーーーっ!! 何で風もないのに、飛んで行くんだぁーーーーっ!! 待ってくれーーーーっ!!」
そのハゲた頭でカツラを取りに行く部長を見た周りの社員たちは、一斉にクスクスと笑っていた。
「(あ~、スッキリしたぁ~!)」
「の、希さん、ちょっとやり過ぎなんじゃ……?」
「(いいのよ。これくらいしたって。だって、友也くんをいじめるんだもん)」
その後、先ほど謝りに行った取引先から会社へ連絡があり、とても優秀な社員がミスを見つけてくれたとお礼の電話があった。
更に、その取引先から、次の大きな取引も是非お願いしたいとの良い話があった。
その電話を取った部長は、手のひらを返したかのように喜んで僕にこう言ってきた。
「いや~、相場くん、ご苦労さん。先方も大変君のことを関心していたよ。おかげで大きな取引も成立したし、ありがとう」
「い、いえ、とんでもないです。これからも頑張ります!」
僕はその日、希さんのおかげで、とても気分良く1日目を働くことが出来た。
家に帰る途中、僕の足取りは軽かった。
「希さん、今日はどうもありがとうございます」
「ううん。友也くんのお役に立てて、私も嬉しいわ」
「明日も的確なアドバイス、よろしくお願いします」
「任せておいて。そこは友也くんよりキャリアを積んできたから、ノウハウはあるから」
「助かります。希さん」
「ところで今日の晩ご飯は、どうするつもりなの?」
「今日も、カップラーメンでも買って家で食べようかと……」
「えっ? またカップラーメン? 昨日も食べたよね? 食べたあとがあったから」
「は、はい……」
「それじゃあ、栄養が偏っちゃう。そうだ! 私が料理作ってあげる!」
「えっ? 希さんが?」
「あっ、料理作れないとでも思った~?」
「い、いいえ、そんなこと思ってないです……」
「私だって色々と料理作れるんだから」
「えっ? でも、希さん、おばけだから料理なんて作れないですよね……?」
「まあ、楽しみに見ておいて」
僕は希さんに言われるがまま、スーパーで食材を買って、二人で家へと帰った。
家に着くと、早速、希さんがその食材を使って料理をし始めた。
その様はまるで魔法のようだった。
色々な具材が宙を舞い、勝手にまな板の上で、みじん切りになって、フライパンの上で料理されていく……。
この光景を見た人は、おばけが料理を作っているなんて、思いもしないだろう。
まさにそれは、料理のマジックだった。
「さあ、どうぞ出来たわよ~」
「うわぁ~、おいしそうな料理~」
「さあ、召し上がれ」
「いただきまーす! (モグモグモグ……)」
「どう? おいしい?」
「うん。とってもおいしい! こんなおいしい料理久しぶりです」
「ふふふっ、良かった~」
「希さんは、料理得意なんですね」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「希さんは、食べないんですか?」
「私はおばけだから、食べられないの」
「そうなんだ……、希さんは食べられないんだ……」
「あ~、でも、友也くんに、食べさせてもらおうかな~……」
「えっ? 僕に?」
「だ、ダメだったかな? こんなおばさんじゃ……? 友也くんは、若い女性が好きだったもんね……」
「ううん。ダメじゃないですよ、希さん。それに、希さんのことおばさんって思ってないです僕」
「そ、そう?」
「だから、ほら。あ~んして下さい」
「えっ? 何だか恥ずかしいわ……」
「ほら、希さん。あ~んして」
「じゃ、じゃあ……。あ~ん……」
希さんは実際には食べることが出来ないけど、こんなに楽しく食事をできたのは何年ぶりだっただろう。
希さんは、僕が「あ~んして」と言うと、恥ずかしそうに頬を赤くして口を開けた。
何だか奇妙な光景ではあるが、希さんがいることで、僕のマイナス思考はどっかへ行ってしまうようだった。
食事後、僕は希さんにお礼を言った。
「希さん、今日はアドバイスありがとうございました。おかげで何だか気分がいいです」
「そう。良かった。私も今日は楽しんじゃったわ」
「あの、上司のカツラとか、窓から投げちゃいましたもんね」
「うふふっ、だって、私の大事な友也くんをいじめたんだから、あれくらいしてやらないとね」
「そうですね。あははは……」
「うふふふ……」
希さんが笑っている姿は、今まで彼女がいなかった僕にとって、まるで女神のように見えた。
年齢は一回り12歳離れているが、今までにない感情が自分の中で沸き起こってきているように感じた。
「希さん、今から僕、お風呂へ入りますけど、付いてこないですよね……?」
「もちろん、付いていかないけど、友也くんがOKなら、付いていってもいいわよ」
「あっ、きょ、今日は遠慮しておきます……。ひ、一人で入ります」
「うふふっ、かわいいのね」
僕は希さんのそんな小悪魔的なところも、段々魅力に感じ始めていた。
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