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【 第六話: おばけなら手を繋ごう 】
僕は希さんと出会って初めての休日、小学校の時の遠足の日のように、朝早く目が覚めた。
それは、いち早く希さんと休日を楽しみたかったからだ。
僕は枕元の日記を手に取り、同じ土曜日の日の日記を読んでみた。
『4月8日 土曜日』
『今日は、新入社員歓迎会の日ーっ! 会社のみんなと一緒に飲みに行けるぞーっ! 今日は飲み倒すぞーっ!』
と、相変わらずテンション高めの内容だったが、日記を読み進めていると、希さんは現れてくれた。
「希さん、おはようございます!」
「おはよう! 友也くん! 何か、今日はやけに朝早いのね」
「はい! 今日は休日なので、早く希さんに会いたくて、目が覚めちゃいました!」
「そう……、ありがとう。今日の友也くんは、朝からテンション高いわね」
「はい! せっかくの初めての休日なので、希さんとどこかへ行きたいです!」
「私と?」
「はい!」
「どこへ行きたいの?」
「え~と、そうですね……、例えば動物園とかに行きたいです!」
「動物園?」
「はい。上野動物園にパンダを見に行きましょう!」
「わ、分かったわ。付き合ってあげるわ。パンダを見に行きましょうか」
「ありがとうございます! 僕、とっても嬉しいです!」
「もう、今日の友也くんは、積極的ね」
「ところで、この日記、土曜日の休日に、何故新入社員歓迎会をしたんですか?」
「あっ、それは、私が若かった頃は、まだ世間が週休二日制じゃなくて、土曜日も仕事だったのよ」
「えーっ? そうなんですか」
「そうよ……」
「時代を感じますね」
「あっ、また私をおばさんって思ってたでしょ~う……」
「い、いえ……、思ってません……」
「もう~、私も結構傷ついてるんだからね~」
「す、すみません……。反省しています……」
「うふふっ、かわいそうだから許してあげる。さぁ、動物園へ行こう!」
「はい!」
僕は初めて希さんと出掛けるということで、ちょっと緊張していた。
家族以外の女性と二人きりでどこかへ出掛けるということは、彼女のいない僕にとって、当然初めて経験だったからだ。
僕は内心ドキドキしていたが、希さんはいつも通り、テンション高めだった。
「うわぁ~、久しぶりに動物園に来た~」
「パ、パンダ見に行きましょう」
「いきなり今日のメインのパンダを見に行くの?」
「朝のパンダの方が、空いててよく見えると思うんで」
「それもそうね。じゃあ、パンダ見に行きましょう~!」
僕らがパンダを見に行くと、パンダはあいにく寝ていた……。
「ありゃりゃ、パンダ寝てる……。残念……」
「うふふっ、そうでもないわよ。パンダが寝ているかわいい姿を見れたのよ」
「あ、あ~、そう考えれば、得したような気もします」
「でしょ~、寝ているパンダちゃんもかわいいわよ~。ほら」
「そうですね。かわいいですね」
「ね」
「寝ているパンダは、希さんと同じくらいかわいい顔をしてますね」
「私と同じくらいかわいい?」
「はい、い、いや、それ以上に希さんの方がかわいいです!」
「もう~、友也くんったら、おだてないで~」
「あははは……」
希さんの照れて赤くなった顔が、僕には本当にかわいらしく見えた。
希さんは僕よりも一回りも年上だけど、時より見せる乙女の部分を僕はかわいらしいと思った。
次に僕らは象エリアを見に行った。
「うわ~、象はやっぱり大きいですね~」
「そうね~、あんなに大きな体しているのに、目はとても小さくてやさしい目をしてるね」
「そうですね。希さんのやさしい目ととても似てます」
「私の目と似てる?」
「はい。でも、希さんの目の方が象よりも全然、やさしくてかわいいです」
「もう~、またおだててる~」
そんな会話をしていると、その象がやきもちを焼いた訳ではないのだろうが、鼻で水を吸い込むと、僕の顔に
『バシャーッ!』
とかけたのだった。
「うわーーっ!! つ、冷たい……」
「うふふふっ、大丈夫? 友也くん」
「だ、大丈夫です……。僕、象に気に入られたみたいです……」
「うふふっ、そうみたいね」
「希さんは、おばけだから、水かからなくて良かったですね……」
「ありがとう。はい、ハンカチで顔を拭いてあげる」
「ありがとうございます……」
そのハンカチで顔を拭いている姿は、周りの人からは、まるでマジックのように勝手にハンカチが僕の顔を拭いていると思い、皆不思議そうな顔で僕を見ていた……。
僕は希さんにハンカチで顔を拭いてもらっている間、とても幸せな気分だったことを鮮明に覚えている。
お昼になり、休憩所で希さんが作ってきてくれた「お弁当」を食べることにした。
希さんと一緒に外で食べるお弁当は、まるで恋人同士の光景のようだった。
僕はドキドキ、ワクワクしながら、とても嬉しい気分だった。
「うわ~、希さんのお弁当、すごく豪華ですね~」
「うふふ、頑張って友也くんのために作ってみたの。どう? お味は?」
「モグモグモグ……、うん。とってもおいしいです! 希さんはやっぱり料理の天才です!」
「もう~、それは褒めすぎでしょ~」
「ほんとにおいしいです。希さんも一口どうぞ。はい、あ~ん……」
「もう、友也くんったらぁ~。あ~ん……」
「あはははは……」
「うふふふっ……」
周りにいた人は、僕が変な独り言を言って、おかしな行動を取っていると思って見ていたと思う。
でも、希さんの「あ~ん」している姿は、やっぱり「かわいい!!」
いつも頼りになる希さんの赤く照れてる顔が、一気に少女のように変わる。
そんな希さんの表情を見るのが、僕にはたまらなく癖になってしまうくらい嬉しくもあり、楽しみでもあった。
そんなかわいらしい希さんに、僕の胸は『キュン』としてしまう。
夕方になり、ベンチで休憩している時に、僕は希さんにお礼を言った。
「希さん、今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ、久しぶりに楽しませてもらったわ。友也くん、こんなおばさんを連れてきてくれてありがとう」
「希さんは、おばさんじゃないです。希さんはとても魅力的な女性です」
「あ、ありがとう、友也くん……」
「僕、希さんのことすごく尊敬してます。いつも明るくて前向きで、僕、希さんみたいになりたいんです」
「私みたいになりたいの?」
「はい。希さんはポジティブでエネルギッシュだから、僕も希さんみたいに、誰かに勇気や希望を与えたいです」
「そう。私、友也くんから、いっぱい勇気や希望をもらっているわよ」
「本当ですか?」
「うん。もう、どんどん元気になってくる友也くんを見ていると、私も勇気や希望をもらえるわ」
「じゃ、じゃあ、僕、勇気を出して、言います……」
「えっ? 何?」
「の、希さん、ぼ、僕と付き合って下さい!」
「えっ? わ、私と……?」
「はい。希さんが僕大好きです! もし良かったら、僕の彼女になってもらえませんか?」
「えっ? だ、だって、私、おばけよ……。それに、私おばさんだし……」
「おばけだろうが、何だろうが構いません! 僕は希さんのことが好きになってしまったんです!」
「歳だって一回りも、私の方が年上よ……。それでもいいの……?」
「歳なんて関係ありません! 希さん、僕のことは好きじゃないですか?」
「ん……、わ、私も友也くんのことは好き……よ……」
「じゃあ、僕の彼女になって下さい! お願いします!」
「じゃあ……、うん。分かった……。私で良ければ……、お願いします」
「本当ですか!? や、やったーーーーーっ!! 僕、嬉しいです!! ありがとうございます!!」
「こちらこそ、ありがとう。友也くん……」
希さんは、「あ~ん」の時よりも更に顔を赤くして、恥ずかしそうに下を向いていた。
僕はそんな希さんを見て、また胸が『キュン』とした。
僕は勇気を出して、希さんにもう一つ、お願いをしてみた。
「希さん、今日家に帰るまで、一緒に手を繋いでもらえませんか?」
「えっ? 手を?」
「はい。手を」
「私はおばけよ。手なんか人間の友也くんとは繋げないよ」
「僕は、希さんに色々と出来ないことはないって、教えてもらいました。だから、希さんとも手を繋ぐことができるような気がするんです」
「そ、そうかな……。じゃあ、一回手を繋いでみる……?」
「はい!」
僕は希さんの方に左手を伸ばしてみた。
希さんも僕の方に左手を伸ばしてきた。
丁度、手と手が触れ合うところで、ゆっくりとやさしく手を握ってみた。
すると、不思議に、おばけのはずの希さんの手の温もりを感じた。
しかも、手と手の感覚も、次第に感じるようになってきた。
希さんの手は、思っていたほど大きくなく、小さく感じられた。
僕が少し握る力を強めると、希さんもそれに応えて僕の手を握り返してきた。
それは人間の手の感覚とは違うものの、でも、明らかにそこに希さんの手があることが感じられるほど、はっきりと手を握っている感覚があった。
「僕、何だか、希さんの手を感じ取れる」
「ほんと?」
「うん。希さんの手はスベスベしてて、とても温かいです」
「うふふっ、私も友也くんの手の温もりを感じるよ」
僕たちは家に帰るまで、ずっと手を握っていた。
僕はこの日、希さんに勇気をもらって告白し、初めて恋人同士のように、手を握り合った。
希さんがおばけであることなんて、もうこの時から、僕はとても思えなくなっていた。
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