おばけのくれた恋日記

【 第七話： 希さんの彼氏 】

　僕は希さんに告白してから、毎日が楽しくてしょうがない。
　毎朝、希さんに会うのが待ち遠しくて、朝日が昇る前にあの日記を開くこともあるほどだ。
　希さんと一緒にいれば、会社の仕事も２倍、いや、３倍もの量をこなすことが出来る。

　休みの日には、希さんとデートするのが、いつしか僕らのルーティーンになっていった。
　希さんは、頼り甲斐があり、やさしくて、時に乙女なところも見せてくれる、僕にとって非常にかわいい彼女だ。

　特に、僕が告白してからの希さんは、僕に恥じらいを見せてくれることが多くなったし、僕を立ててくれることも多くなった。
　僕はそんな希さんのお陰で、マイナス思考な考え方も、すっかりプラス思考へと考え方が変わっていった。

　そんな楽しい毎日を過ごしていたある日、僕はあの日記に衝撃の事実が書かれていることを知った――。

『７月２９日（土）』
『どうしようーっ！　私にも遂に彼氏が出来ちゃったーっ！　初めて告白された！』
『明日は、初デート。何を着ていこう。彼の好みに合うワンピース！　これで彼のハートを打ち抜くわよーっ！』

　それは、僕にとって知りたくなかった事実だった。
　希さんにも、生前、彼氏がいたのだ。
　しばらくすると、希さんは姿を現したが、僕はどう接していいのか分からずにいた。

「おはよう！　友也くん！」
「あ、お、おはようございます……」
「あれっ？　どうしたの？　今日は何だか元気がないわね」
「い、いえ、げ、元気ですよ……」
「全然元気がないじゃん」

　すると、日記の開いているページを見て希さんが、その内容に気付いた。

「ひょっとして、この日記を見て落ち込んでいたの……？」
「まぁ……、そうです……」
「これは、私の若かりし頃のことよ。もう彼とは終わってるから、気にしないでいいよ……」
「う、うん……、分かっているんだけど、ちょっとショックでした……」
「私にも過去に、彼氏の一人や二人いてもいいでしょ……？」
「えっ？　二人もいたんですか？」
「あ、いや、それは、一人だけどね……」

「この時の彼氏さんは、どんな彼氏さんだったんですか？」
「えっ？　そ、それは、かっこいい彼氏だったけど……」
「かっこいい彼氏さんだったんですか？　僕よりも？」
「え～、友也くんとは全然違うタイプよ。　でも、今好きなのは、友也くんだけよ」

「ぼ、僕、前の彼氏さんに、負けたくないです！　希さんをその時よりももっと幸せにしたいです！」
「うふふっ、友也くん、ありがとう。前の彼に嫉妬したのかな？」
「そ、それは……、そうですけど……。僕、希さんに、その頃よりも幸せだって言わせて見せます！」
「そうそう。ポジティブでいいぞ！　私を幸せにしてね、友也くん！」
「はい！　絶対に幸せにします！」
「うふふふっ……」

　僕は希さんに思い切って、こんなことを聞いてみた。
「希さんは、前の彼氏さんとキスとかやっぱりしたんですか？」
「えっ？　そ、そんなこと聞くの？」
「僕だって、今は希さんの彼氏な訳だから、前の彼氏さんには負けたくないというか……」
「そ、そりゃあ、長いこと付き合っていたから、キスくらいしたわよ……」
「じゃあ、僕も希さんとキスをしたいです！　だって、今は僕が希さんの彼氏だから！」
「そんな強引ね……。ムードとかあるじゃない……？　雰囲気作りとか……」

「希さんは僕とキスをしたくないんですか？」
「え、いや、そんなことはないけど……。わ、私、それに今はおばけだから、キスは出来ないわよ……」
「そんなことやってみないと分からないじゃないですか！　希さんはいつも出来ないことはないって言ってますよね……？」
「そ、そうだけど……」
「（しくしくしく……）」
「あ、あれっ？　泣いてるの友也くん？」
「う、うぅ、ご、ごめんなさい、希さん……。わがまま言っちゃって……」
「と、友也くん……」

　すると、彼女は、僕にスゥ～ッと近寄って来て、僕の涙をやさしく指で拭き取ってくれた。
　そして、彼女は、僕の頬を両手でやさしく包み込むと、彼女の唇が、僕の唇にそっと触れるのが分かった。
　その時、確かに希さんのやさしい香りを、僕は「ふわっ」と感じていた。
　僕の生まれて初めてのファーストキスは、希さんのやさしくて甘い味がしていた。

「希さん、ありがとうございます……」
「うん」
「希さんは、おばけだけど、希さんの温もりを感じられます」
「うん。私も友也くんを感じられる」
「希さん、抱きしめてみてもいいですか？」
「う、うん。いいよ……」

　僕は、ゆっくりと希さんの体を確認するように、やさしくそっと抱きしめてみた。
　すると、不思議にも希さんの肌を、手や体が微かに感じ取れていた。
　僕は両手を希さんの背中に回して、少し強めに抱き寄せた。
　希さんもそれに応えるように、僕の体をやさしく包み込んでくれた。

「希さん、好きです」
「うん、私も友也くんのことが好き……」

　僕たちはこの日、初めてお互いの体を感じ取ることができたと同時に、初めて本当の恋人同士になれたような気がした。

　その後、日記の内容は、希さんと前の彼氏さんとのラブラブな関係が綴られていた。
　もちろん、初めてキスをした時のことも……。
　僕は前の彼氏さんに負けたくない思いで、日記に書かれている以上のデートを希さんとしようと頑張った。
　希さんは、そんな僕を見て、「頑張り過ぎんなよ～」と笑ってフォローをしてくれた。

　――やがて、日記の日付は、書かれていない日が少しずつ増えているようだった。
　僕は、希さんと会いたい一心で、毎日日記を読んでいったが、ある日を境に、その日記はしばらく書かれなくなっていた。

　その原因が何なのかは、この時の僕には、全く分からなかった……。