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DANCE WITH ME
序章
背中を向けていた階段の上部から、かすかな衣擦れの音がした。待ち人の準備ができたのだと振り返り見上げれば、その人は、
「待たせたな」
といって笑う。
ジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。もう一度かの人を見上げ、真似て笑う。
「七分の遅刻だ」
「!」
意図することがわかったのだろう。笑みの種類を変えたかの人は、舞台俳優よろしく胸を張り、顎をそびやかし、階段を降りながらいった。
「七分がどれほどのものだ。我々はこのときを七十年待った!」
階段を降り切ったかの人の肩が、自身の腕にかすかに触れる。
――これほどそばに、この人を感じられる日がくるとは。
幼い日に胸を焦がし、胸を痛めた想いをもう二度とあきらめなくてもよいのだと、そのわずかな距離が教えてくれた。
「……俺たちは、十年だね」
こみあげる感情を押し隠し、平静を装って、肘を差し出す。
「……九年と、六カ月」
ややあって、かの人は腕を肘に通した。かわりに、ついと顔をそむけた。短く刈った髪からのぞく耳が赤い。
「ぼくがあんたとダンスを踊る約束をしたのは、九年と六カ月前の今日だよ」
「……!」
まさか日付まで覚えているとは思わなかった。大事にしていた約束だった。けれど、かの人のほうが、この約束をより大切にしてくれていたのだと胸が詰まる。
なにものでもない
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