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死國奇談
第一章
1
「美味そうなにおいがする」
突然、前の席の男子生徒がそうつぶやいた。
(なんの匂いかしら)
つられて那名は顔をあげ、くんくんと周囲の匂いを探ってみるが、特に美味しそうなにおいなどしない。通常授業の日であれば、誰かの弁当がにおいをさせていることもあるだろうが、今日は高校に入学して迎える最初の日だ。ホームルームを終えた後、教科書を売店に取りに行ったら、初日は終わる。弁当どころか、菓子類すら誰も持ってきていないはずだ。
いったい彼はなんの匂いを嗅いだのだろう。そう思って前を向くと、
「――!」
視線が重なった。
先生が高校生活のあれこれを長々と話している最中にも関わらず、男子生徒が那名を振り向いていたのだ。彼――たしか、立仙冰吾とか名乗ったか――は、色素の薄い長い前髪のあいだから、まるで琥珀のような茶色の瞳を楽しげに輝かせ、にんまりと笑う。
「まだ育ってないみたいだから食うのはもうちょっとあとにするけど、マジであんた、美味そうなにおいがすんね」
じゃね、といい残して、彼はくるりと背中を向けた。
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