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道行
死なうかと囁かれしは蛍の夜
鈴木真砂女の、そんな句が似合う夜だった。
「金沢に行こうか」
どこか疲れたような笑顔をして、先生がそう言った。
あたしはスカーフを結んでいた手をとめて、ベッドの端に腰を下ろしている先生をあらためて見返す。ベッドの中でも思ったが、最近少し痩せたようだ。もともと頑健なタイプじゃないけど、顔色もよくない。
先生の前に膝をついて座り、こけた頬に両手で触れる。
「……金沢?」
うん、と先生は、あたしの両手に自分の手を重ねながらうなずいた。
「言ってたろう? 雪の金沢が見たいって。冬休みに、一泊二日で行ってみないか」
あたしは微笑った。
「大雪が降って、飛行機とかJRがとまったらどうするの? ふたりでどこか行ってたって学校に――奥さんに、ばれるよ?」
「ばれたら、困る?」
先生があたしを見上げた。
――このひとはくたびれている。
教員という仕事にも。教え子であるあたしと不倫していることにも。仕事が大好きな奥さんとの結婚生活にも。自分にも。
あたしは目を伏せ、先生の額に軽くキスする。
「そしたら死のうか」
そりゃあいいね、と先生があたしを強く抱きしめた。
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