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 確かに面白くない映画ではあった。  でも面白かったファンタジーの2作目で、前売りまで買って楽しみにしていたのである。  映画館は友人の反応を気にしたりして集中出来ないので、いつも1人で行く事に決めていた。心行くまで好みの映画を堪能したい。  それが、蓋を開けたら前回の主人公たちがメチャ老け込んでてちょい役で出ただけだし、子供の世代の話になってるし、和ませてくれたペットのドラゴンは序盤で敵に殺されてしまった。  ほのぼのファンタジーだった前作の世界観が、いきなり殺伐としたヒャッハーな流血シーンから始まる、バイオレンスアクションファンタジーとでも付けたいような別物の何かに生まれ変わっていたのである。 「金返せ………」  思わず呟いたのも致し方ない事なのである。  何か土曜日なのに空いてるなあ、とは思ってたのだが、雨模様だからかなと呑気に考えていた自分がバカだった。  せっかくの休日が台無しだ。  でも、前売り券まで買ったものを無駄にしたくはない。  私は我慢して見続けたが、元々暴力シーンも流血シーンも好きではない。  私が好きなのは、微笑ましいとか癒される現実逃避出来るファンタジーなのである。  薄目を開けて見るような状況が続けば、ウトウトしてしまうのもまた致し方ないのである。  いつの間にか睡魔に負けて薄目ではなく本当に眠ってしまったようだ。 (………あれ、静か………音がしない。寝てる間に終わっちゃったのかな)  短時間だったと思っていた睡眠は、結構な時間を消費していたようである。  慌てて立ち上がろうと眼を開くが、どうも様子がおかしい。  椅子がない。  そして何故か大理石の床みたいな所に横たわっていたのだ。 (んー?あの映画館のロビー、確か絨毯だったような気が………)  もしや貧血でも起こして倒れた?  それならそれで映画館の人がどっか運んでくれそうなものよね?  まだ寝惚けているのだろうか私は。  起き上がり、周りを見回す。  クラシックでも流れて来そうな落ち着いた色合いの円形のホールである。20畳、いや30畳位はあるだろうか。  窓にはワインレッドの厚手のカーテンがかかっており、少し開いた窓越しに陽射しが入っている。  まだ夜にはなってない、と。  自分の服を見る。  アパートを出た時の、黒のコットンパンツにグレーのカットソー、厚手の濃紺のカーディガンにスニーカーのまんまである。  ただ、バッグはない。  ………え、マジで?無くした?盗まれた? 「給料出たてでコートでも見ようと思って結構入ってたんだけど!しがないOLの3万4万てかなりの大金よちょっと!!  社員証に健康保険証に免許証!うわ、銀行のカードもじゃない!再発行してもらわないと………いやでも携帯見ないと会社の電話どころか友達の電話も覚えてないわ。  そして頼りのスマホもない、アパートのカギもない、と。  バッグ1つにほぼ人生ひっくり返るようなもの全部入れて歩いてたのね私………詰んだわ」  普段から冷めてるというか冷静で、喜怒哀楽があまり面に出ないタイプである自覚を持つ私でも、流石に危機感が押し寄せてきた。 「で、ここはどこよ?警察行かないと」  気を取り直して立ち上がり、まずは窓から外でも見ようと歩き出した背後で、キイ、と扉が開く音がした。 「成功したのはいいが、何故女性が召喚されたのか………」  低いバリトンボイスで何やら独り言が聞こえて振り返ると、20代後半位に見える、金髪サラサラロン毛のやたらと目鼻立ちの整った長身の男が入って来た。  簡単な英会話ぐらいしか出来ないのに何故最初に会うのが外国人なのかと思ったが、考えて見れば独り言は自然に聞き取れた。  日本在住の人かしら。   「えーと、ハロー?日本語分かりますかー?ここはどこですかー?」  自分に話しかけられたのが分かったのか、イケメンさんがビクッとこちらを見て肩を揺らした。 「怪しいモノではありませーん。ちょっと気を失ってたようで、気がついたらここにいましたー。帰りたいので最寄り駅までの道を教えてくださーい」  交番でひとまず交通費借りて実家でお金貸して貰おう。そうしよう。駅に行けば大概交番くらいあるだろ。  なんで語尾がアチコチ伸びてしまうのか分からないが、私も積極的に外国人に話しかけたのは初めてなのだ。  コントの外国人のような話し方しかイメージがなかったのはしょうがない。 「………マイロンド国」  イケメンさんはぼそりと呟いた。  日本語を話してる口の開き方ではないが、外国人にとって日本語と言うのは発音が難しいと聞くし、言いやすい発音の仕方があるのかも知れない。意志疎通が出来れば御の字だ。 「まいろんどこく………すみません漢字が分からないですが、何区ですかー?最寄り駅にJRありますかー?」 「………なにく………いや、ここは君の住む国ではない。別の世界だ」 「ちょっと何言ってるか分かりませんが、私急いでやらないといけない事があるので帰りたいのですー」  また扉がちょっと乱暴に開く。 「レルフィード!ちゃんと説明しないと彼女が混乱するだろうが。何をチンタラやってんだよ」  ずかずかと入って来たのは、赤毛にブルーの瞳という、なんというか派手派手しい原色の、これまた長身でガッシリとしたイケメンさんだった。 「ごめんなお嬢ちゃん。ウチのトップは口下手だから、俺がちゃんと説明するから」 「………いえ、説明はいいので帰り道を………」  これは聞いたらダメな気がする。  私の第六感が告げている。  この人たちはイケメンさんだがちょっとおかしいかも知れない。  もう今すぐにでもここを出るべきだと脳が警告音を鳴らしている。 「えーと、もう結構ですので、私はこれで………」  頭を下げて扉へ向かおうとすると、開いたままの扉から、ぴょんたぴょんたぴょんた、と言う感じで青くてまんじゅうのような、RPGとかでスライムと言われている生き物みたいな見た目の何かが、弾みながら赤毛の兄さんの所にやって来た。 「ん?………そうか。分かった。戻っていいぞ」  またスライムもどきがぴょんたぴょんた扉を出ていくのをガン見していた私を見た赤毛の兄さんは、 「アレか?アレは俺の部下のスライムだ。よくトロいと言われてるが、忠実だし、仕事はゆっくりだが丁寧なんだ」  聞きたいのはそこじゃない。 「スライム………?」 「ん?お嬢ちゃんの国には居ないのか?青いの。まあ緑のが普通は多いもんな」  いや青いのも赤いのも緑のもいない。  私は首を振りながら、 「日本じゃないんですか………?本当に?」 「ニホンて言うのかお嬢ちゃんの国は。ウチの国はマイロンド国。魔族が住む国だ………っておいお嬢ちゃん!」  私の脳はオーバーヒートを起こしたようになり、そこから記憶がない。  恐らくぶっ倒れたのだろう。  私がいわゆる【異世界】に来たらしいと分かるのは、夕食の時だった。
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