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ザッ!!
より強い空気の流れが、雅哉の方にほとばしる。
―こっちに来る!?―
姿を見られるという危機感は言葉になる前に脳を通り抜け、身体を動かす前に終わってしまった。
本当に、本当に一瞬だったのだ。
風よりも光よりも速くなめらかに駆けるように跳ぶ一人の青年。
紺が混ざった黒髪…鍛えられた無駄の無い筋肉から繰り出される捉えきれるはずのない、音速の連撃。
だのに、雅哉の脳裏になぜか焼きつく闘いの光景…異能のデバイスのせいかもしれない。
(佐鳥繚(さどりりょう)…先輩。)
雅哉の顔見知りである。
簡単に言えば萌花先輩の彼氏設定の異能力者だ…萌花先輩は無自覚の隠れ異能なので、時々だが彼が彼女の監視のためにカフェに来るのだ。
そのうち、彼氏彼女という噂が立って本人も都合が良いので否定していない…後の修羅場が怖いが。
そんな彼は何を求めているのか見えない暗い瞳には喜びも悲しみもなく、ただ異能の剣にて一途に敵を仕留めることのみに集中し…雅哉は残酷なはずのその光景にすら心が奪われる。
雅哉はサイトに持ち込まれた、異能と関わってしまった一般人の嘆きをたくさん聞いてきた。
あまりにも一方的な、異能による領界からの締め出し…そのとばっちりで失ったものを嘆くしか出来ない人々。
だからこそ、善人である雅哉も今回の仕事は見て見ぬふりは出来なかった。
大盟約という、600年前には縄張り争いを繰り返していた日本中の町の守り神と呼ばれるヌシ同士の不可侵条約が破られ…日本中の人間が異能に関わる確率が格段に増えたこの時代は閉鎖された異能社会に対抗しもの言うために人間社会が深く切り込む唯一のチャンスでもあった。
今までは、長い間に文句のひとつを口にする前に切り捨てられたのだ…人間は弱いから関わるなと決めつけられて。
だからこそ、雅哉はこの世界そのものに関わる決意をした…それが知ってしまった者としての対価と責任だと思っている。
だが、雅哉は異能に買われて少しだけ彼らに触れて話が出来た…本当のところは異能は人間をどう思っているのか…何をもって戦いに身を投じるのか…直に触れたことはないし人それぞれだろうからそれを理解することは出来ないだろう。
でも、異能は戦士である以前に彼らの信念や倫理もあるのだから裏切られたと嘆く必要はないとそんな書き込みを見た時は卒倒しそうになったもんだが。
彼らの気まぐれや都合で殺されても仕方ないとかほざかれても困る…ただ、今は殺されていないのだからまだ猶予があると信じるしか出来ないが。
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