理想が壊れる時

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次の日、雅哉は学校を休んだ。 もちろん、仮病である…両親は心配していたがパソコンにかじりついているあたり勉強か何かのやり過ぎだと思ったんだろう。 ―……んじゅ……せ…か。 せんじゅ……せいか。 許さ…おくべきか。― 「苦しいですか、救いというものは?」 雅哉は声に向かって呼びかけた。 空気の揺らぎと地震ともに、少しずつ恨む女の叫びが聞こえる。 異能のデバイスを通して、一般人の彼にも声が聞こえる…伝えることは出来ないが。 雅哉の後ろにいるヌシの神気をこの町のヌシが感じたせいで、この町のヌシが揺り起こされていくのだ。 懇堅祈塞…後に甜瓜替市となる場所にも起こった戦争に避難した砦に集められた祈りが天女に生まれ変わった「救神」。 人間に、あやかしに、獣に、救いを与えることのみを一途に願うだけの存在。 かつて千手策誠架にその優しさにつけこまれ、たくさんの仲間を失った悔しさに600年縛られたまま町の加護以外を求めようとせず…またその悔しさにつけこまれ、町の人間ごとリーヴルに利用されて消えるだけの理想に溺れたこの町の愚直な守り神。 彼女は、この町を背負わねばならない…彼女にはまだまだ守らねばならない存在がたくさんいるのだから。 だから、この町で生まれた雅哉は自らが汚れることを選んだ。 人間も、神も、あやかしも、獣も、すべては自らの理想を持っている。 どんな存在とて、根幹は同じだ。 雅哉は敵である千手策誠架に買われ…聞き上手な一面から同盟の名代の話を持ちかけられたとき、自分がやらねば誰かが汚れると思った。 雅哉には子供の時から親友がいなかった…彼は善人だった…あまりにも善人過ぎた。 良い子ぶっている…お前と自分の出来を親に比べられて肩身が狭い…下心が無いなんて真面目過ぎて面白くなくて人間らしくなくて気持ち悪い…。 善人であるがゆえに、我の強い現代人特有の空気に馴染めず嫌われて生きてきた。 だから、一人になっても失うものはない。 失うものはないなら、せめて自分の人生に価値を与えたい。 誰かを守って消えること…それが自分に対する生命の使い道になるとするならば。 自分の人生は無駄なものにはならなくなるだろう。 自嘲的に微笑む。 夜中に仮アドレス先にやってきたメールとリストを確認していたが、やはり回答も手がかりも少なかった。 ただ、聞き取りに一人だけ同じ名前が述べられていた。
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