私が私を殺した日

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「貴方が……好きです。  ずっと一緒にいたい、結婚して子供を産んで、時には喧嘩する事もあると思うけれど、笑い合って生きていたかった。  何年も何十年もこれから先ずっと。  おじいちゃんおばあちゃんになっても、手を繋いで歩いていきたかった」 正直な私の気持ち。 声にするたび涙がこぼれる。 それでも声に出した。 気持ちの整理をつけたかった。 「でも貴方は違ったのね。  貴方の好きは、私の好きとは違ったのね。  私に笑いかけながら、貴方はあの女性の事を思っていたのかな。  私を抱きしめながら、あの女性とは違う現実に落胆したりしたのかな。  貴方にとって私はなんだったのかな。  ただの身代わりだったのかな。  身代わりとして機能できてたのかな」 震える手を胸の前で握りしめて、泣いて言葉に詰まりそうになりながらも必死に吐き出す。 耳に入るのは波の音と、私の醜い独白だけ。 「悲しい、つらい、悔しい……でも貴方を嫌いになりたくない。  貴方の事私はまだ好きだから、だから嫌いになんてなりたくない」 肩にかけたトートバッグをずるりと下ろして、中からホームセンターで買ったものを取り出す。 パッケージを破いてカバーは外してトートバッグの中へ戻した。 掲げたそれは月の光を受けて、刃の部分がきらりと光って美しく思えた。 「でもね、苦しくてつらいのは嫌なの。  だから、ここで消えるね。  今までありがとう、好き、大好き…………大好きだよ」 後頭部へ左手を伸ばしヘアゴムを少し下へとずらす。 そのまま髪を引っ張り、右手に持った鎌の歯を頭とヘアゴムの隙間へ当ててグッと力を入れた。 引っ張られて痛む頭部にハゲたらどうしようなんて心配しながら刃を動かしていく。 ザクザクザク……効果音がするとしたらそんな音だろうか。 刃が通りきった瞬間、ぶつりと髪が引き抜かれた気がしたけどそれは気のせいだと思い込んでおく。 切った髪とそれをまとめているヘアゴムを握る手を胸元へ当てて目を瞑る。 貴方が好きだと言った長い黒髪。 それ以来髪も染めず、腰の高さで切りそろえた髪だった。 乾かすのにも時間がかかったし夏場は首元が蒸れて暑かったけど、貴方が好きだと言ったからずっと長いままにしていた。 あの女性と同じ長い黒髪。 それも今日でおしまい。 「大好き……でした。  ずっとずっと、一緒にいたいって思ってたけど、それも終わり」 最後にギュッと握りしめてから、髪を夜の波間へ放り投げた。 水に溶けるようにふわりと束が広がって、夜の海へと混ざり込んでいく。 「さようなら、貴方を好きだった私」 寄せては返す波が、髪ごと私の思いを攫っていく。 真っ暗な水面と星空の狭間に全てが消えていく。 一筋の星が、流れなくなった私の涙の代わりのように空を流れ落ちていった。
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