この星の美しい女性達へ

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「最近、キレイになりました?」 艶めかしく八本の触手をくねらせる受付嬢に、僕は前時代のお世辞を言う。 「やーだっ。ユーちゃんったら、一年ぶりよ!あんたの会社の美容液でこの通り。吸盤だってピカピカになったわよー。ミス火星コンテストに出たら、なんて同僚にも言われちゃうし…」 「それは良かったですね」 僕は引きつった笑みをバレないように浮かべる。 「ね、こっちの代理店に常駐しちゃいなさいよ。お姉さんが毎晩、吸盤でイイ事して…」 「ま、毎度!ごひいきに!!」 僕は火星ターミナルビルを飛び出した。 20XX年、太陽系の惑星ほとんどに先住民族が確認された。 新たなテクノロジーにより、惑星間の航法は飛躍的進歩を遂げ、地球から全星系を一巡する期間は一年に短縮されたのだ。 僕はこうして各惑星を回りながら、化粧品のセールスマンをしている。 さてと、次は木星だ。 社用の量子航行型宇宙船に乗り込む。 「あら、お久しぶりね裕さん。お顔色が優れないみたいだけど。大丈夫?」 次の惑星の市民居住エリア。 ここいらでは一般的な寒天製の家が立ち並ぶ住宅地、ルート営業に回った先のお宅の一つだ。 しゅっとした紡錘型の真白いイカが、僕の顔を覗き込んで心配してくれた。 「コールドスリープ明けでして。僕はともかく、ミセスの顔色は良好です。まさに美白ですね。最近、またキレイになりました?」 「ま、やだ裕さんったら!」 同時に十本の触手がうなりをあげて僕の肩を打ち据える。 勢いで1メートル程、吹き飛ばされた僕は壁の寒天にプルン、とめり込み事なきを得た。 続く土星では生まれつき生えている首輪の輝きを褒め称える。 女神の様に薄絹を纏った天王星のレディーも、肌ツヤを称賛すると満更でも無い様だった。 地球以外の惑星には驚いた事に女性の美しさを褒める文化が無い。 平凡な地球人の僕でも各地で重宝がられるのはこのリップサービスがあるからだろう。 「最近、キレイになったんじゃ…」 「そ、この甲羅の照り具合、最高でしょ?」 均整の取れた両鉤爪を嬉しそうに振る金星人マダム宅を出る。 これでようやく一巡だ。 空になったサンプルケースを片手に船に乗り込む。 さて地球に、ご帰還だ。 僕にとっては一日のセールスだが、地球に着く頃には一年だ。 彼女は元気かな? 僕の帰りを待っているであろう、恋人を想いつつ眠りに就いた。
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