第二章 邪の道 二

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「やめておけ、お前たちの敵う相手じゃない」  不意に、背後から野太い男の声が聞こえた。振り向くと、山道を歩いてくる黒尽くめの男の姿が見えた。  年齢は三十代半ばか、肩まで伸びた黒髪、鼻の下に口髭をたくわえ、顎には無精髭を生やしている。  黒いシャツに黒い革の上下、先の尖った黒いブーツ、無数の銀の鋲が打ち込まれた腰の黒いベルトには、黒い鞘に収まった小剣と長剣を提げていた。いずれの柄と鞘には細かい銀の模様が描かれている。  ひと目で並みの剣士でないことがわかった。この黒尽くめの男が相手なら、カズマもカタナを抜くしかないだろう。  自分にとっては勝ち目のない相手だった。  この場合、カズマの教えに従うならば逃げるということになる。森を駆け抜け、険しい山中を駆け上がり、ひたすら逃げるしかない。  意外にも男に殺気はなく、敵意も感じなかった。人懐っこそうな笑みを浮べて、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。 「子連れの剣士か。やはりな、この流浪者は俺たちと同業者だ」 「なんだと、それは本当か?」 「俺の推測が間違っていなければ、この男の名前はカズマ・マダライ・コーサス、子連れの賞金稼ぎだ」 「剣豪で知られる罪人たちを差しの勝負で討ち取るという、あの流浪の賞金稼ぎか」 「子連れとは聞いていたが、まさか幼い娘とは思わなかった」 「わかったら、大人しく山小屋に戻るんだ」  黒尽くめの男が言った。 「その娘は村の者に言われて酒と食い物を届けにきただけだ、身体を売りに来たわけじゃない。それに、騒ぎを起こして俺たちの存在が奴らに気づかれでもしたら面倒だ。いいからさっさと山小屋に戻れ」 「待てよ、ベルトランド。この男があんたの言う賞金稼ぎなら、助っ人を頼んでみてはどうだ」 「そうよ、名の知れた賞金稼ぎが討伐隊に参加してくれればこちらとしても心強い」 「俺たちの獲物が誰なのかを知ったら喜んで手を貸してくれるだろうさ。なにしろ、途方もない大金が手に入るのだからな」  男たちが値踏みするような眼差しでカズマを見つめた。 「いまは大人しく引き下がった方がよさそうだ。この状況で助っ人を頼んでも引き受けてはくれまいよ」  黒尽くめの男はそう言って、山道を引き返しはじめた。他の男たちもカズマを見返りながら、それに続いて山道を戻っていった。 「ありがとうございます」  頬の涙を拭いながら、娘が頭を下げた。
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