4人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章 特別討伐作戦 二
二
国際指名手配犯デーモン・アザ・カシスの情報が開示され、討伐作戦本部が設置されてから、すでに十日が過ぎていた。
潜伏先と推測される複数の場所には情報部の監視班が常駐し警戒を続けているものの、新たな目撃情報はなく捜査の進展はみられなかった。
討伐対象が国際指名手配犯であり、最重要捜査対象ということで、当初は治安維持部隊に所属する各部隊の間にもただならぬ雰囲気が漂ってはいたが、時間の経過と共に緊張感も薄れて、上層部の勇み足を指摘する意見も囁かれはじめた。
さらには、直前までデーモンに関する捜査情報を極秘にしていたことで、蚊帳の外に置かれた形となった各部隊の指揮官たちは討伐作戦本部の独善的なやり方に不信感を覚えて、マリー率いる特別攻撃隊の第三部隊が討伐隊に任命された過程にも疑問の声が上がった。
国際的な重罪犯の討伐作戦ともなれば、剣士としての実力はもちろんのこと、現場での豊富な経験と実績を兼ね備えた熟練の指揮官が率いる部隊が討伐隊に選ばれるのは当然のことで、シモン討伐を果たした功績は認めているものの、一度は人質を取られて逃亡を許すという失態を犯した部隊が、シモン討伐から間もないうちに国際指名手配犯の討伐隊に抜擢されたことは、あまりにも不自然だった。
すでに上層部の改革派が初の女性剣士による司令官誕生を実現させるために、水面下で画策していることは周知の事実だった。自分たちの思惑を優先するあまりに、権限を私物化しているのであれば容認できないとの見方もあり、討伐作戦の陣頭指揮をとっているアラン総司令官の責任問題にまで言及する声は日増しに大きくなっていった。
各方面からの批判の声を無視することもできず、討伐作戦本部は方針転換を余儀なくされ、厳戒態勢を解除すると同時に特別攻撃隊第三部隊の待機命令を解き、マリー率いる第三部隊は通常任務に戻されることになった。
無期限の謹慎処分を言い渡されていた特別攻撃隊第一部隊のクーガー部隊長の軟禁状態も緩和され、限定的ではあるものの外部との接触を許されることになった。
その夜、特別攻撃隊第二部隊のトーマス部隊長が、酒の差し入れを持参してクーガーの自室を訪れていた。
「ありがてえ、調度酒を切らしていたところだ」
クーガーは満面の笑みを浮べて、トーマスの訪問を歓迎した。
すでに十日間も自室に軟禁状態で、外部との接触を一切禁じられ、そろそろ我慢も限界に達していたところだった。
クーガーはここ数日の不満を口にしながらも、久しぶりの友との再会に終始上機嫌で、早々に酒瓶の口を開けた。
「こいつは第一部隊の隊員たちからの差し入れだ」
トーマスはそう言って、クーガーの部下たちから預かった書類の束を机の上に置くと、向かい合わせの椅子に腰を下ろして煙草に火をつけた。
「デーモン関連の捜査資料なのか。軍部の保管庫から持ち出した書類もあるようだが、いったい何を調べているんだ」
トーマスの問いかけなど耳に入らないようすで、クーガーは杯になみなみと酒を濯ぐと、喉を鳴らしながらひと息に飲み干していった。
「ああぁ、美味ぇ。二日ぶりの酒だ、生き返った気分だぜ」
満足そうに大きく息をつくと、空になった杯に酒を注ぎ、立て続けに飲み干していく。
口の隅から溢れた酒が肌着の胸元に流れ落ちるのもお構いなしに、浴びるように酒を喉に流し込んでいくその姿は、まるで飢えた獣のようだった。
最初のコメントを投稿しよう!