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「廊下に立っている監視役の融通の利かねえ堅物どもが、宿舎の売店に酒を買いに行くことさえ許可できねえとかぬかしやがる。ひとを罪人扱いしやがって、謹慎処分が解けたら真っ先にあの若僧ふたりをぶん殴ってやるからな」
わざと扉の外に聞こえるようにして、クーガーが憤った。
「まあそういうな、連中は規則に従ってるだけだ。それに、女性職員に暴力を振るったとなると謹慎処分じゃすまなくなるぜ」
トーマスの言葉に、クーガーが思わず口に運んだ杯を止めた。
「女性職員ってなんだ?」
「生物学的に女性と分類される、治安維持部隊に所属する一般業務の職員という意味だ」
「そんなことを聞いてるんじゃねえ」
クーガーは跳ねるように椅子から立ち上がると、扉に駆け寄って勢いよく開いた。
扉の前には二名の女性職員が立っていた。隊員が身につける灰色の軍服ではなく、一般職員に支給される紺色の制服姿だった。
ひとりは小柄で分厚い黒縁眼鏡をかけ、もうひとりは丸顔で童顔の女で、制服を身につけていなければ、ふたりともまだ十代の小娘にしか見えなかった。
「女じゃねーか。どう見ても生物学的に女じゃねーか!」
クーガーが素っ頓狂な声を上げた。
「あ、あの、なにか・・・?」
女性職員たちは目を丸くして頬を引きつらせた。
巨漢でスキンヘッドの男が、鬼のような形相でこちらを見下ろしている。盛り上がった両肩の筋肉、岩のように硬そうな胸板、半袖の肌着から伸びた両腕は丸太のように太い。顔や頭部や両腕には無数の刃物傷の跡があり、その生々しくもおぞましい姿は怪物にしか見えなかった。
「お前らなんだ。いったい、いつからそこにいる」
「きょ、今日の夕方からです。正確には二時間前からです」
「か、監視役に部隊の人員は割けないということで、上司に命じられて来ました」
「来ましたって、どこから来たんだ」
「い、一般業務部の総務課です・・・」
「総務だとぉ!」
クーガーが雄叫びを上げた。
女性職員は身体を震わせながら、自分たちがどうして怒鳴られているのか理解できずに、いまにも泣き出しそうな表情を浮べている。
「トーマス、聞いたか。上層部の連中は、俺の監視役に一般職の小娘をよこしやがった。どれだけこけにすりゃあ気がすむんだ」
クーガーが音を立てて扉を閉めた。女性職員はほっと胸を撫で下ろした。再び扉が開くと、ふたりは悲鳴を上げて後ずさりした。
「立ちっぱなしはきついだろう」
顔を出したのはトーマスだった。くわえ煙草で、目元に穏和な笑みを浮べている。
「この椅子に腰を下ろしてくつろいでいればいい」
トーマスは二脚の椅子を女性職員たちに勧めると、垂れ下がった金髪の前髪をたくし上げながら爽やかに笑って見せた。その優美な面差しは、白馬の王子様のようだった。
「あ、ありがとうございます」
女性職員たちは恐縮しながらも、トーマスの美貌に見惚れて頬を赤らめている。
扉が閉まると、ふたりは安堵の息をつきながら椅子に腰を下ろした。
「おい、トーマス。俺の座る椅子はどうしてくれるんだ」
「寝台にでも座れよ。俺は客人だからソファーに座らせてもらう」
部屋の中から、二人の会話が聞こえた。
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