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「あんな頼りない監視役をつけて、いったい何を考えてやがる。いつでも抜け出してくださいと言わんばかりじゃねえか」
「もしかしたら、それが狙いなのかもしれないな」
「どういうことだ」
「お前が規則に背いて騒ぎを起こすことを期待しているのかもしれない。討伐作戦を指揮しているのは上層部の中でも改革派と呼ばれている連中だ、それを面白く思わない保守派の連中がどうにかして足を引っ張ろうとしているのだろう」
「けっ、こんなところにまで権力闘争が絡んでやがるのか」
「お前とデーモンの間にある因縁は誰もが知っていることだ。第一部隊の暴走で、討伐作戦が失敗することを期待しているのさ。
マリーの第三部隊を出し抜いて、お前の第一部隊がデーモンを討伐すれば、マリーに手柄を立てさせようとしている改革派の目論見は頓挫するからな。
デーモンを取り逃がしてくれたらなおいい。そうなれば討伐作戦失敗の責任を追及して、改革派の中心人物であるアラン総司令官を辞任に追い込むことができるかもしれない」
「悪いが俺は奴らの挑発にのる気はないぜ。保守派の目論みに加担して、上層部の権力闘争に巻き込まれるのはごめんだ。それこそマリーの二の舞になる」
クーガーは、気づいたように顔を上げた。
「あの女、どうしてる?」
「討伐隊の第三部隊は待機命令が解かれて、マリーは通常任務に戻されたよ」
トーマスはソファーに横になると、砕けた姿勢で煙草を吹かした。
「あの女、さぞかし焦っているだろう。デーモン討伐を成功させなければ、次期司令官の椅子も遠のくからな」
「マリーは昇進なんか望んでないさ、司令官になる気などさらさらないよ」
「お前は相変わらずあの女に甘いんだな。表向きは無関心を装っていても、内心は俺たちの上に立ちたいに決まっている。女剣士というだけで、これまで散々理不尽な扱いを受けてきたからな。司令官に就任することで、これまでの鬱憤を晴すことができるんだ」
「マリーはそんな女じゃないさ。デーモンの討伐を果たしたら、治安維持部隊を去るつもりでいるらしいからな」
「なんだと、どうしてそんなことがわかるんだ」
クーガーが驚いたようにトーマスを睨み付けた。
「本人の口から直接聞いたのさ。自分の知らないうちに、上層部の権力争いに加担していたことが我慢ならないようすだった。組織というものにも嫌気が差したんだろうな」
「そうか、マリーは自分が利用されていることに気づいていたのか」
不意に、自分の頬を殴りつけてきたマリーの拳の感触が甦った。言いようのない感情をぶつけるようにして、何度も、何度も、繰り返し殴りつけてきたマリーの姿は、殴られている自分よりも痛々しいものだった。
「こうも言っていたぜ、なんとかしてお前を討伐隊に参加させてやりたいと。そのために、力を貸して欲しいと頼まれたよ。無論、断わったがな」
「あの女、そんなことを・・・」
「どうやら、その心配はなさそうだな。監視に気づいたデーモンが逃亡したか、情報そのものがデマだったのか、いずれにせよ作戦が中止になるのも時間の問題だろう」
「作戦は中止にならねえよ」
クーガーが言った。トーマスが眉をひそめる。
「いやに確信めいた言い方をするじゃないか」
「トーマス、俺はデーモンの一件から手を引くぜ。阿呆らしくて茶番になんか付き合ってられるかよ」
「茶番?」
「はじめから筋書きができているのさ。俺たちも、マリーも、シモンやデーモンさえも改革派の連中にとっては利用できる駒でしかない。いまの膠着状態でさえ、周囲の目を欺くための時間稼ぎにみえるがな」
「どうしてそう思うんだ」
「捜査から外されて、外部との接触を断たれた状態で、こうしてひとりで部屋に籠っていると、物事を客観的に眺める余裕が出来てくる。そこで気づいたのさ、すべてが始めから仕組まれていたってことにな」
クーガーは寝台の上であぐらをかくと、トーマスから渡された書類に目を通しながら、意味ありげにほくそ笑んだ。
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